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日本病院会学会の栄えある第1回会長として—関東逓信病院 沢崎博次院長
小野田 敏郎
1
1佼成病院
pp.20
発行日 1975年2月1日
Published Date 1975/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541205541
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東京の生まれ,府立三中をへて本郷にやって来て,明寮5番の寮室で同じ釜の飯を食った仲間である.この頃より弓道に励み,キャプテンとしてインターハイに臨みその個人賞を獲得した.大学を出て青山外科に入り,胸部外科に志を立てて広島療養所から国立久里浜病院,関東逓信病院において結核外科臨床の令名を高くするとともに,アスペルギルス症の外科ではカナダ,アメリカの国際会議のシンポジウムに発表されるなど学問的に活躍をされた.伊豆逓信病院を関東逓信病院の分院として,結核からリハビリテーションセンターに改編する仕事を完成し,今度は本家の病院の院長として活躍をはじめられた.病院のオートメ化については地を抜いた仕事が進んでいる.静思,的を射て外さず.このたび、病院団体の大同団結のあとの第1回の日本病院会学会の会長として,日本の病院の進歩に寄与される.その成功を祈ってやまない.
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