連載 リレーエッセイ 医療の現場から
今朝の秋
津田 篤太郎
1
1JR東京総合病院 リウマチ膠原病科
pp.79
発行日 2014年1月1日
Published Date 2014/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541102702
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先日,NHKで「今朝の秋」という昔のドラマが再放送されているのを目にした.田舎住まいの老人が,東京の一人息子が末期の胃癌に侵されていることを知り,見舞いに訪れる.病床にいる息子は,会社で“窓際族”の不遇をかこち,妻はデザイナー業が忙しく,娘は大学生でバイトにいそしみ,家庭関係もすきま風が吹いている.そんな息子を老父はなす術もなく見守るのであるが,ある日,何十年も前に家を出て行った老父の妻が,突然病院にやって来て,身の回りの世話を手伝うようになった.息子は,いよいよ先が長くないことを悟り,病院から出たい,田舎に帰りたい,と老父につぶやいた.
昭和の名優,笠智衆が訥々と演ずる老父は,就寝時間を告げられて,真っ暗な病棟をトボトボ帰りかける.が,エレベータをおりたところで,何を思ったか,病室に踵を返し,息子に言い放った「行こう,行こう,蓼科へ…」.息子を演じているのはこれまた戦後の名優,杉浦直樹で,老父の言葉を聞くと,みるみるうちに涙を溜めて,子どものような笑顔を浮かべてうなずくのであった.老父は,その夜のうちに,息子を車いすにのせて連れ出し,タクシーを朝まで走らせて田舎に連れ帰ってしまう….
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