追憶記
星野貞次先生の追憶(後篇)—書翰を中心にして
西端 驥一
pp.967-974
発行日 1969年12月20日
Published Date 1969/12/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492207394
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「天に星,地に花,人に真心,美しきかな」
昭和38年の年賀状に添書された先生の言葉である。これが先生ご自身のお言葉か,余人のものかを私は知らぬが,先生の心情はこれにつきていると思う。
別の言葉にすれば,真善美であろう。観念的には純粋明確であるが,複雑な現実にこれを行なうとなれば,矛盾や桎梏や蹉跌や反抗や反省に悩まさねる。この三つの真理を日常生活でツボにはめて実現することは,人間修養の中でもつとも困難て,言うはやすく行なうは難しである。怒りも喜びも,平静も水の流れるように自然に何のこだわりもなく移り変るならばこれは悟つたと言えよう。舞台で辰己柳太郎が突然割れるように叱咤するが次の瞬間なごやかでソフトな声で話すあの態度,あれが実生活でそのままできたら素晴らしいとよく思う。先生は怒られた次の瞬間に反省補償されるからそこに計らいがあり心の底に沈澱物(オリ)を生じたであろう。だから晩年には怒らなくなつたのではあるまいか。
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