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ふと素朴な疑問を感じることがある.この「素朴」が曲者で,現実と理想のギャップを鮮明にあぶりだす場合が少なくない.最近はさほど見られなくなったが,以前,学会などで,誰もがその道の権威と認める老教授が手をあげてやおら立上り「素朴な質問ですが」と演者を立往生させる場面が時にあった.その質問がまさに本質・核心をついており,枝葉末節のみに関心があった演者は意表をつかれたからである.去年の夏,私はNHKのラジオ番組「夏休み子供科学電話相談」を大いに楽しんだ.子供たちは次々と素朴な質問で解答者の専門家達を困らせる.難問,奇問の類も少なくないが,中には宝石のようにキラリと光る質問もあった.専門家による解答の様子が実に面白く,私自身が質問を受けた立場を想定したりして,興味の尽きない番組であった.素朴な疑問の中にこそ真理探求のスタートがあると私は信じている.このことは研究活動で重要と思われるが,日常に周囲のある素朴な疑問を思いつくままに以下に述べてみよう.
医学部の三本柱は教育,診療,研究とされている.私が平成2年,長年勤務した病院から国立大学医学部に移籍した折りのことである.まず頂いた辞令に“文部教官”とあった.三本柱の中で最重要の職務は教育ということである.それまでに苦労して得た脳神経外科のエッセンスを後輩に伝えるチャンスが与えられたことに私は奮い立った.最初の講義で驚いたことは出席者の少なさであった.その僅かな出席者の中には始めから私語や居眠りをするものもいた.さらに驚いたことには講義が終わったときむっくり起き上がった者がいた.手には「少年ジャンプ」(漫画雑誌である:ご存じない読者のために)を持っている.机に隠れて分からなかったが,後ろのベンチ椅子に寝そべって漫画を読んでいたのである.このような使命感も勉学意欲もない医学生を多数入学させた選抜方法に問題はないのか?一方では,このような事態を招いたのには教官側にも責任なしとしない.研究,診療に比して,教育に情熱を傾けて取り組む教官が少ないのである.その原因は明白である。教育での業績は他の業績,とりわけ研究業績に比較するとほとんど評価の対象とはならない現状があるからである.かくして,学会・論文発表にはきわめて熱心であるが教育を雑用とみなして俯仰天地に恥じないような教官のみが増えて行くのではなかろうか.このような疑問を抱くと,医学教育は危機に瀕しているかのようであるが,現実には立派な臨床家,医学者が輩出している.やっぱり現状のままでよいのかな?
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