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無造作に世界中を飛び歩く人の多くなった今日この頃ではあるが,南半球に行くことはそれほど多くはない.何故か文明都市の大部分が北半球に偏在しているためであろう.1977年,第6回国際脳神経外科学会がBrazilのSão Pauloで開かれたときのことである.折角のよい機会なので,かの有名な南十字星とやらを見逃さないようにしようと考えて,それには予習が肝腎と,プラネタリウムのある所に一,二電話をかけて,6月末に南米大陸から見える南十字星を出してもらえるかどうか尋ねたところ,そういう要求には応じていないという.コンピュータ時代の今日,世界中の星座を出すのは簡単なことかと思っていたが,なかなかそうでもないらしい.そのままになっているうちに学会が始まってしまった.
学会中はいろいろと取まぎれていて忘れていたが,帰途IguaçuのHotel Bour-bonというのに夜10時頃着いたときはちょうどよく晴れていて,周囲にほとんど人家もなく,全天に星が輝いていた.そこで土地の人らしいのに二,三聞いて見たが,the Southern Crossはどれかわからないという.それはそうだろう.教育程度が高くて,普及していることを世界に誇っている日本だって,北極星を確実に教えることの出来る人はそんなに多いとは思えない.旅行団の案内をしていた若い男に最後の望みをかけて尋ねたところ,さも心得たようにあれだと教えてくれた.見れば,中天に4つの星が大きな一寸かしげた十字を画いていた.自分一人だけで見るのはもったいないと,一緒の旅行団の脳外科の先生達に確かめたところ,誰も御存知ないというので,つい先程教わったばかりの知識でお教えした訳である.どなたが居られたか詳しくは覚えていないが,高名な先生も居られたはずである.あるいは,この拙文もお読みになっておられるかもしれない.そのときの学会に日本からの参加者は200名以上と聞いていたが,南十字星をちゃんと見て来たのは我々だけかもしれないと,いささか得意になって帰って来た次第である.
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