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タクラマカン砂漠の上空で楼蘭の昔を偲んでまもなく,カラコルム山脈を越えてラワルピンディ国際空港に到着した.ここはすでにイスラム教の世界,首都イスラマバードへの入口である.イスラム教徒は8億,その文明は古く,キリスト教諸国のそれとは異質である.パキスタンへは友人達の招きで脳神経外科の集中講義を行うことが目的の旅であった.高原に一夜を過ごして,翌日カラチに着いた.7年前に訪れた時と比べると道路も整備され,新しいビルが増え,ここにも近代化の波が押し寄せていることを痛感したが,市内から東北へ荒寥とした砂漠に車で走り出すと,そこに現れるすべてのたたずまいは,時の巡りとは無縁である.今日イスラム教の世界は,大きく揺れ動く歴史の渦中にある.アラブ諸国,イラン,イラク,アフガニスタン,パキスタンなど,それぞれ戦争,革命,軍事政権,近代化,復古と慌しい.しかし,一歩その国の村々に入れば,悠久の文明と土地の生活にはいささかの変りようがあるはずもない.
カラチから160キロ余り,舗装のよくないハイウェーを対向車とすれ違いでとばすのは,乗り心地のよいドライブではない.交通事故も当然のことながら多く,毎日ある頭部外傷のほとんどが致命的である.砂漠が切れてハイデラバードの市内に入ると,突然,大木の緑が目にしみる.ここのLiaquat医科大学を訪ねるのは二度目のことである.Liaquatという名は,この国の独立を宣した大統領の名に因んでいる.1学年の学生数が約350名,卒業を間近に控えた最上級生に1週間の講義を行うことになった.脳神経外科の講座はまだなく,外傷は一般外科で処置されるが,脳腫瘍などは,カラチまでヘリコプターか車で運ばれて行く.しかしカラチにも脳神経外科医は3名,国中でも7名しかいない.
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