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東京女子医科大学の前任の神経内科教授岩田誠先生と昭和大学医学部神経内科教授の河村満先生の編集から成る本書は,2007年11月30日に岩田先生が東京女子医科大学弥生記念講堂で会長として主催された第12回日本神経精神医学会のシンポジウム「脳からみた社会活動」を基としている.ただし,実態はそのシンポジウムの域をはるかに超えて,シンポジストのみならず神経心理学や精神医学,脳科学,社会心理学,経済学,倫理学などに携わる臨床医や基礎系の医学者,心理学者,文学,経済学さらには工学系の学者までもが執筆者として名を連ねた甚だ学際的な書物である.編者らは先に『神経文字学─読み書きの神経科学』という編著を出版している.この従来の神経心理学の対象である失語や失行,失認,中でも読み書きという高次の機能の神経基盤からさらに進んで,本書のテーマは人間の行動,特に社会的行動の原点としての神経基盤についてである.本書は社会的行動の原点としての表情認知の脳内機構の章にはじまり,意思決定のメカニズム,理性と感情の神経学の3章から成っている.特に3章は衝動と脳,損得勘定する脳,親切な脳といじわるな脳,倫理的に振る舞う脳の4項に分けられ,それぞれの行動や判断の神経基盤について記述されている.これらに代表される各項の軽妙なタイトルには大いに惹きつけられる.これらの社会的行動の脳内機構に関する所見の多くが最近の機能的脳画像診断,特にfunctional MRIからの知見に拠っている.表情認知や社会的認知には扁桃体や前頭葉内側部が重要な役割を担い,意思決定には前頭葉・大脳基底核,直感的に言い換えれば多分に近視眼的な損得勘定には前頭葉帯状皮質,先を読んだ高度の損得勘定には前頭連合野を中心とする皮質・皮質下の脳領域が賦活され,倫理的判断や行動には比較的全体の脳領域が関与するという.項の終わりごとに「こぼれ話」として岩田先生が書いておられる小話がユーモラスでしかも機知に富んでいて楽しい.また本書の「はじめに」と「おわりに」の河村先生が聞き手となった岩田先生との対談も,本書が岩田先生の恩師である故豊倉康夫先生の最終講義をきっかけとしていることや神経経済学,神経倫理学という新しいジャンルがあること,自閉症研究との関係,正直脳と嘘つき脳という言葉や脳の三極化のお話などからうかがえる岩田先生特有の明快な切り口,さらにはコンクリートジャングルに住むダニの話などは岩田先生が日常,周囲の何にどんな関心や考えを持って生活しておられるかうかがい知ることができ大変興味深い.各項を担当した著者らの高い研究レベルや熟練された論述もさることながら,岩田先生の幅広くしかも高い学識や見識,広い交友関係,軽妙洒脱で物事にとらわれない御人柄がうかがえる1冊である.
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