- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
感染症診療のマニュアル本は持っているし、一般的な感染症はだいたい治療できている。とは言え、もしも耐性菌やそれに対する抗菌薬選択について聞かれたら、スムーズに答えられるほど詳しいわけでもない。いっそ専門書を読んでみたいけど、読める自信もない。見慣れない・聞き慣れない菌は、微生物学の本を読んでもしっくりこない。そんなあなたがギャップを乗り越えステップアップするのにお薦めなのが本書である。
第1章は薬剤耐性の総論である。「MICの数字を横読みする」「CEZを使用し続けても、そのMSSAはMRSAにはなりません」など、耐性菌に対する抗菌薬選択に欠かせない基礎知識が満載だ。続く第2章は臨床で主に使用される抗菌薬に対する耐性機序の解説で、ここまでをじっくり読んでも2時間程度で理解できるのが嬉しい。最もよく出合うβ-ラクタマーゼについては特に図が豊富なので、この分野について初めて読む場合でもイメージしやすい。また、AmpCの「心変わり」や複雑怪奇なカルバペネマーゼがわかりやすく解説されてもいる。
本書の真骨頂とも言えるのが第3章である。グラム陽性菌が20症例、グラム陰性菌が18症例、その他が11症例。それぞれ10分程度で読める分量なので、ちょっと空いた時間に一読できる。検査室の情報から起因菌を特定するためのコツや、その菌に対する治療戦略を考えるうえで必要な耐性機序の知識など、臨床現場で中堅が悩むときの感染症医の考え方を身につけることができる。取り上げられているのがマニアックな症例ではなく、臨床で日々問題となるようなものばかりなのもいい。腎盂腎炎や肺炎、胆管炎、髄膜炎などよく出合う感染症で、もしも耐性菌が検出されたときのシミュレーションができる。レンサ球菌群を溶血性などから分別する方法、グラム染色で見えているブドウ球菌が黄ブ菌なのかそれ以外か、痰でCorynebacterium属が検出された場合に治療すべきか、HACEKが血液培養から生えたらどうしたらいいか。菌が顕微鏡で見えた段階、菌が発育した段階、菌名が同定された段階、薬剤感受性結果も判明した段階、それぞれでどのように抗菌薬選択を考えるかも教えてくれる。あまりに記述がリアルなので、著者のもとで研修している感覚になってしまい、いつもなら本を読みながら手にしてしまうスマホの存在を忘れるくらい、症例の世界に入り込んでしまった。まるで読者の手をやさしく引っ張って、専門書を読むための基礎体力を鍛える手助けをしてくれるような一冊だ。
Copyright © 2024, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.