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はじめに
アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD),パーキンソン病(Parkinson disease:PD)や脳血管障害に代表されるような老年性神経疾患の病態を伴わない,生理的な脳の老化による記憶力の低下であるAMI(age-related memory impairment)は,脳の老化の重要な表現型であり,およそすべてのヒトが程度の差こそあれ経験するものである。AMIはADなどの老年性神経疾患でみられる認知症とは異なる,ゆるやかな脳機能の低下である。しかし,高齢となるにつれ重篤性は上昇することから,少子高齢化社会では無視できない社会保障問題となるであろう。また,明確な病理所見を持つAD,PD,脳血管障害と異なり,AMIがどのようにして起こるのか,AMIの予防・改善には何をターゲットにすればよいのか,といった疑問に関する知見が極めて乏しく,AMI発生の分子メカニズムの解析・解明は著しく遅れた研究領域となっている。
一方,寿命を指標とした,個体老化の分子メカニズムの解析・解明は近年大きな進歩を遂げ,そこからの知見をもとにした抗老化薬の開発も進んでいる。個体老化の分子メカニズムの解明が,Kenyonらによる長命変異体の単離を大きなブレークスルーとした遺伝学的解析により大きく進展したことを考えると1),脳老化の研究もAMI変異体の単離と遺伝学的解析がブレークスルーとなる可能性が高い。しかし,従来の哺乳類モデルでは数年にわたる寿命のため,AMIの遺伝学的解析に多くの時間を要することが,研究進展の妨げとなっていた。
ショウジョウバエは平均寿命が約30日と短く,個体老化や学習記憶の分子遺伝学的解析に大きく寄与してきたモデル動物である。こうした背景から筆者らは,まずショウジョウバエでAMIの遺伝学的解析を進め,その結果を哺乳類モデルで検証することでAMIの分子メカニズムが理解できると考えている。この戦略にしたがって筆者らは,ショウジョウバエでAMIの分子遺伝学的解析を進め,ショウジョウバエの変異体群から,初めてとなるAMIの抑制変異体DC0を単離した。本稿ではこれまでの脳老化研究から得られた解剖学的・生理学的所見を概説するとともに,脳老化が広く考えられていたような脳神経系の非特異的な崩壊過程ではなく,特異的なメカニズムによるものであること,こうした脳老化のメカニズムは,必ずしも個体老化のメカニズムと一致するものではない(脳老化は個体老化の単なる一表現型ではない)ことなど,DC0を介して明らかになってきたことや,今後の課題などを紹介したい。
Abstract
Physiological aging of the brain is inevitable, regardless of the occurrence of pathological diseases such as Alzheimer disease or cerebral vascular disorders. AMI (age-related memory impairment) is an important phenotype of brain aging. In contrast to organismal aging, the molecular mechanisms underlying AMI are poorly understood and hindered by the lack of specific mutants for AMI. We used the fruit fly Drosophila as a novel model for genetic analyses of AMI since it has a short lifespan and is suitable for quantitative analysis of learning and memory. The molecular mechanisms underlying learning and memory in Drosophila are similar to those in mammals. In a screen for AMI mutants, we found that heterozygous mutations of DC0 gene, which encodes the major catalytic subunit of PKA (cAMP-dependent kinase), delayed AMI onset by more than 2-fold without affecting lifespan and memory at young age. The first identification of AMI mutant provides provocative insights into the role of cAMP/PKA signaling and the genetic relationship between organismal aging and brain aging.
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