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十数年前,筆者は大学病院から市中病院に赴任した.糖尿病代謝科を標榜すると次から次へと重症の合併症を持った患者さんが紹介され入院してきた.合併症で何とかなるのは硝子体出血やルベオーシスをきたす前の網膜症のみで,顕性腎症は初めからギブアップであった.教科書の行間には進行を止める方法がないと読めるように記載され,先輩からは透析導入のタイミングを間違えないようにという点を強調されていた.しかしひねくれ者であった私は当初から糖尿病の合併症が非可逆的であるという定説に懐疑的であった.なぜならそこまで合併症が悪化した一義的原因は血糖コントロール不良であり,いかに遺伝的に良くない体質を持っていて,元々高血圧を合併していても,糖尿病にさえならなければその人が糖尿病性網膜症や糖尿病性腎症にならなかったのは明白であるし,さらに正常者と同等の血糖コントロールで日々過ごしている合併症持ちの糖尿病患者が一人もいなかったからである.硝子体出血を起こし荒廃した後の眼や,硬化・硝子化した後の糸球体は無理であっても,そうなる前ならば,結節性病変を伴っていてもまだ機能している糸球体なら救えるのではないか,血糖さえ正常化すれば改善もあるのでは…,そう思い続けていた.そのためには血糖コントロールの腕を上げなくては….
さて,自然の回復力ということを改めて思う.体内環境が悪いままならば自然の回復はあり得ない.しかし腎臓でいえば糸球体の高血糖,高血圧,過剰濾過,高蛋白負荷,低酸素…,あらゆる悪環境を取り除く,そうすれば悪循環から脱却できて,改善に向かうのではないか,これは漠然としていたが,淡い期待ではなく私はかなりの可能性を信じていた.意外にも1~2年で,尿蛋白が強陽性から間欠的でも陰性化する症例が現れた.低蛋白食に抵抗の少ない慢性膵炎による膵性糖尿病の患者で,もうアルコールは完全に離脱できていた.高齢者であったので,数年後80歳で心筋梗塞を発症し亡くなったが,その後さらに尿蛋白が陰性化してそれを継続できたもう少し若い症例が次々と現れた.腎生検により糖尿病性糸球体硬化症であると診断され,顕性腎症から蛋白尿消失に至った症例は10例に上った.尿蛋白が再発しない限り,蛋白尿消失時の腎機能をその後も保つことができた.その後5~8年の間隔を置いて2度目の腎生検を承諾してくれた患者さんがお2人あり,ともに糸球体組織像が見事に改善していた.そのことを患者さんに説明したとき,意外にも2人ともとくにうれしそうではなかった.いつもと同じ表情であった.考えてみれば彼らはもう5年以上前から合併症のない普通の糖尿病患者として,何のハンディキャップもない普通の生活をしているのであり無理もないことであった.ただあまりにも私がうれしそうなのでつき合って喜んでくださった.
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