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日本泌尿器科学会の変遷(10)
田村 一
1
1慶応義塾大学
pp.905-906
発行日 1967年10月20日
Published Date 1967/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1413200276
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—学会規則及び役員について(2)—
然し会則の具体的な成果が出来ない中に第二次世界大戦に入り,次いで終戦後の疲弊混乱に際会して会則改正の問題も一応立消えの如き状態になつた。然しその間に昭和24年4月3日東大内科講堂に開催された第37回総会の時に市川会長は今後会務を処理すべき理事を新たに設けることをはかり,市川篤二,渡辺一郎,田村一,北川淏,土屋文雄の5名が就任した。又名古屋での第45回総会(昭和32年3月30〜31日)の評議員会で本会規則の改正が論じられ,同年6月の第48巻461頁に一応皮膚科学会定款に比肩する詳細且つ整然たる改正案が載せられている。更に46回総会(熊本,昭和33年3月29〜30日)の評議員会で理事会に東部,中部,西部地区からの参加を廻ぐつて規則改正の討議があつた。かかる状勢で再び規則改正の気運が再燃して来た。そして第50巻670頁に市川理事長の名で具体的な改正案が掲載された。これは第48巻に掲載されたものと常議員を削除する等多少の相異がある。これに対して会員の意見をもとめ評議員会で検討する旨を附記してあるが,これがそのまま決定して漸く次の如き整然たる本学会々則の誕生をみたのである。
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