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植物分類学者の牧野富太郎,人類学者の鳥居龍蔵,民俗学者の南方熊楠,この三人の不世出の博物学者に共通するのは独学で学問を極めたことであるという.このところ,南方熊楠ブームだそうで,その生涯を描いた「縛られた巨人」(神坂次郎著,新潮社)もとても面白かった.和歌山に生れた熊楠は,単身渡米し,独学で粘菌類の採集研究をすすめ,中南米,西インド諸島などを放浪したのち,明治25年ロンドンへ渡り,大英博物館の嘱託研究員となった.極貧にあえぎながらも,Natureに50篇以上の論文を発表し,10数カ国語をあやつったという.超人的な業績で天才の名を欲しいままにしたが,在野の学者として終始し,人々の理解は得られなかったようである.熊楠ブームの背景には,管理社会の現代にあって研究者のスケールが小さくなり,研究も小振りになってしまったことへのアンチテーゼとして,熊楠がスーパースターとして捉えられているのではないかと思う.確かにわれわれ凡人にはとても熊楠のようなマネはできないが,ただ一つ彼に欠けていたことがあるとすれば,人々に研究を理解してもらう努力をしなかったことではなかろうか.天才につきもののアクの強さや体制への反発,コンプレックスの裏返しなどが彼をして独走せしめたと思うが,そのために後継者も少なく彼の研究は途絶えたも同然である.どんな難しい研究でも,易しく説明することは可能なはずであり,それも研究者の能力の一つだと思う.よく講演会を聴きに行くと,難解な話を判りにくくしゃべる人がいるが,学者としては失格だと思う.皮膚の話は,一般の人々との接点も多く,啓蒙すべきことも多々あるので,理解を得られるように話すことが強く求められる.これからの研究者は,自分の研究をアピールするためにも積極的に人々の前に出て行く必要があると思う.
それにしても,熊楠の多彩な研究には目を見張るものがある.時代も違うのだろうが,いまの研究が細分化されすぎ硬直気味なのに比べ,彼の豪放磊落な,しかも統合的な仕事がひときわまぶしく感じられる.こま切れの研究に汲々としていないと研究費がとれない今日の状況と比べると羨しい限りであるが,彼もおそらくいろいろなものを犠牲にして自らの孤塁を守ったのだろう.熊楠のような天才には及ぶべくもないが,研究生活についていろいろ考えさせてくれた彼の生涯であった.
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