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大学病院の皮膚科臨床医として勤務して12年目,幸いなことに海外留学の機会をいただき,基礎研究に没頭する貴重な3年間(2006年1月帰国)を経験することができました.昨今の極端な人手不足の折,わがままを許して下さった関係者の方々に深く感謝しております.
さて,臨床医が海外留学して基礎研究を行う意義については,多くの立派な先輩諸氏によりさまざまな角度から語られています.その点について私がここで新たに付け加えられるようなことなど何もないのですが,それら本筋の話とは少し離れたところで,これも留学の効果の一つといえるかもしれないな,と思うことがありました.それは帰国して数日後の夕暮れ時,勤務再開前に様子をちょっと見ておこうと思い病棟を訪れたときのことでした.留学中,病院のお世話にならずに済んだ私には,3年ぶりの病院の光景でした.エレベーターを降りると,そこは蛍光灯に照らされた真っ白く長い一直線の廊下で,病室番号を示すカードがずらりと並び,白衣の医師や看護師が行き来していました.開いているドアから病室をそっとのぞくと,カーテンで仕切られたベッドが並び,病衣を着た患者さんが横たわって天井を見ています.ベッドサイドには疲れた表情の付き添いの人が座っていたり,花瓶に生けられた花,折り紙の鶴,子どもの写真などが置いてあったりします.窓からは新潟県最大の繁華街,古町(ふるまちと読みます)の明かりが遠くに見えていました.それは毎日見慣れていたはずの病棟のありふれた光景でしかありませんでしたが,そのときの私の目には何か異質な場に見えて,着ていた白衣が急に重くなっていくような感覚に襲われました.同じ白衣を着て行うにしても,それまで3年間どっぷりと浸かっていた核酸や蛋白などの物質や培養細胞,あるいは実験用マウスなどを相手にした基礎研究とは異なり,人間と向かい合う臨床の現場では自分の思考や行動の結果が直ちに目の前の人間に影響を及ぼすという,責任の重大さに改めて気付かされたのです.皮膚科入局直後の緊張感や不安,決意といったものが一気に蘇った瞬間でした.
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