銀海余滴
眼科の魅力
宇山 安夫
1
1大阪大学
pp.1103
発行日 1970年8月15日
Published Date 1970/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410204363
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ある日,地方の医学部を卒業したばかりの知人の娘さんが,その母親に伴われて私を訪ねてきた。多分婚期にある娘の親として,一応私にも紹介しておこうというのであろうか,それとも,さしあたり今後専攻する科をなににしたらよいかを相談にでもきたのであろうと思つて,心よく会つた。
来意は果して私の想像したとおりであつた。そこで私は「なに科を選びたいご希望ですか」と卒直に訊ねてみた。すると「まだはつきり決めてはおりません」との答えであつたので,「眼科になさつてはいかがです。眼科というのは,あなたもご存知のように,学問的に大変面白い科であるし,仕事が健康的で女性の体力に適しているし,比較的手軽に開業することもできると思います」と,むしろ先方の決心を半ば確かめるぐらいの期待で話した。ところがこれは案外,「先生,とんでもないことです。眼科ほどつまらぬ科はないと私は思います」との思いがけない,半ば反抗的な答えが,即座にはね返つてきたのには,開いた口が塞がらないほど驚かされた。戦後の女性は強くなつたとよく言われるが,私がかつて大学の眼科の教師を長く勤めたことを百も承知で,私に向かつて「眼科ほどつまらぬ科はないと思います」とは,なんという暴言を吐くことかと思つたのであるが,なにも私は今いわゆるゲバ学生と問答しているわけではなし,眼科のつまらぬという理由を問い訊す必要もなかつた。
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