談話室
ヨーロッパの兄弟たち"エスペラントの有用さ"
加藤 静一
1
1信州大学眼科
pp.1093-1100
発行日 1964年9月15日
Published Date 1964/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410203037
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前言(antauparolo)
話はいささか旧聞となつたが一昨年の春私は文部省在外研究員(3個月)の命を受けた。元来信州大学などは留学生の面で虐待されているから是非自分を留学させてくれと自薦したのであるが,さて決定されたとなると何となく気の重い感じである。第一に文部省から呉れる金(100万円)だけでは足らんだろうと言うこと,第二には人を顎で使う横着な癖のついた自分がワイシャツを自分で洗つたり重い鞄を提げたりせねばならぬかと思うと考えただけでウンザリする。第三に言葉の分らぬ外国で日常もろもろの不自由さを忍ばねばならぬかと思えば,親兄弟は甚だ名誉な洋行だと祝つてくれるが一向に冴えない気分であり,前年に外遊した同僚も,とても大変なストレスの連続だからいかにのんきな君でも痩せ細るだろうなどと景気の悪いことを言う。然し反面に私の心中には国際共通語エスペラントに対する情熱が油然と湧き上るものがあつた。この機会に自分が十数年勉強して来た成果を試みると共に,欧州などではこの言葉がどの程度まで実用されているかを実見したいものだという希望が私の外遊目的の第一であつた。恰もよし第47回万国エスペラント大会(Universala Kongreso)がコペンハーゲンで開かれるので早速これに出席しようと考え,大会中は特に安価な合宿所に宿泊を申込んだ。
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