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はじめに
その日は金曜日で,多くの患者さんが診療所を訪れていた。3月とはいえ肌寒い日で,午後から小雪がちらつくという予報が出ていたことを覚えている。午後の診療を開始して間もなく,聞いたこともない警報音が鳴りだした。診療中にはマナーモードにしているはずの携帯電話からの音だと気がついて,画面を見ると,「緊急地震速報」という文字が目に飛び込んできた。「これは何だ?」と思ったその瞬間,「ごぉー」という地鳴りのような音と同時に,突然激しい横揺れが襲ってきた。
岩手県の太平洋に面した海岸線は「三陸海岸」と呼ばれる独特の入り組んだ地形が特徴であり,平坦な土地は限られ,例外なく太平洋に流れ込む河川の開口部にほとんどすべての都市機能や住居が密集している。また,奥に行くほど広くなる湾の形は,外洋の荒波から湾内を守るリアス式海岸という景勝地であるとともに,そこに住む人々に豊かな自然の恵みをもたらしてきた。
2011年3月11日午後2時46分,三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震がこの地を襲った。そして,その約30分後には,最大波頭16mにも及ぶ大津波が押し寄せ,一瞬のうちにすべてを飲み込んだ。この震災で,岩手県内では4,700人余の方々が亡くなり,1,300人以上の方々の行方がいまだに不明のままである。加えて,この地域はもともと人口あたりの医師数が極端に少ない医療過疎地域であり,眼科も例外ではなく,津波による眼科診療所への影響は,同時にこの地域の眼科医療の崩壊を意味する。岩手県眼科医会と岩手医科大学眼科学講座は一致協力して直ちに災害対策部を立ち上げ,被災地への災害対応を試みた。しかし,被災地における情報はおろか,災害時における対応や,被災地への支援方法についての知識は皆無であったばかりか,被災地が県央部から約120km離れた遠隔地であるという地理的条件も加わって(図1),その対応や支援は困難であった。われわれが試行錯誤の末行った被災地への支援を以下に記録し,これを検証することで有事の際の対応への提言としていただければ幸甚である。
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