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I.難産と帝切
難産そのものは,現代産科学における特別新しいテーマでも何でもない。昨今の産科学は周産期医学や胎児学等にとってかわられつつあるかの如き印象さえ受けるが,難産は,古典的な昔からの産科学にあってはメインテーマの1つであった。母児共に無事に如何に経腟的に児を娩出させるかが産科医の一大関心事であったし,またその目的達成に腐心してきた。そして,どうしても経腟分娩がかなわぬ時,「伝家の宝刀」として,帝王切開術が施行されてきたことは周知の通りである。しかし,現代では帝切を「伝家の宝刀」扱いすると,滑稽感すら漂う。台所の包丁か果物ナイフの感じで気軽に,勿体振らずに,必要なら遠慮なく使う。要するに,その原因の如何を問わず,分娩がこじれれば切れば良い,または,こじれそうなら早目に切ってしまおうというのが,現代産科臨床の実際であろう。この事実は近年の帝切率の上昇にはっきりと現われており,わが国においてすら,帝切率が20%前後という施設も見られるようになった。麻酔・輸血・輸液・抗生物質療法等の発達が帝王切開術を安全な手術手技と化したことは,帝切率上昇の大きな原因の1つであるが,これに加えて近年のdefensive me-dicine的な対応が,この傾向を助長している。米国はこの傾向が一層顕著であることは改めて述べるまでもない。一体帝切率は,何処まで上昇するのかという疑問及び,この上昇傾向をこのまま放置しておいて良いのかという疑問が当然のごとく生じ,昨年のFIGOでもこれが議論の対象となった。帝切の安全性を日本の現状に即して考えてもいろいろと問題が多い。機械出しの看護婦,外廻りの看護婦はもちろんのこと,術者としては第2助手まで揃え,麻酔医にperinatologist,neonatologistを擁するメンバーで,設備の完備した所で行う帝切と,執刀医が自分で麻酔し看護婦相手に行う帝切の間には,その危険率の間に天地ほどの差がある。帝切が安全と目されるのはあくまで,前者の如き帝切のことであり,決して後者ではない。いろいろな事故の発生件数は,発生率と手術数の積であるから,事故発生率の高い危険な帝切でも,その数が少ない時は目立たないが,これが米国なみに高い頻度でしかも安易に行われたら,事故の多発する可能性は十分ある。要するに安易な帝切は,どのような時でも戒めらるべきであるが,また,多くの難産が,帝切によって解決されていることも紛うことなき現実である。この事実を逆に見れば,個々の症例の帝王切開術を必要とする度合は,難産の程度を表わす指標となるであろう。以下に,われわれが採用している難産の計量化・数量化の1つの試みである難産指数について記したい。
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