特集 思い出・追悼論文
想い出
淸水由隆博士追慕
小畑 惟淸
1
1浜田病院
pp.440-441
発行日 1954年8月10日
Published Date 1954/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1409201065
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1901年私が第五高等学校に入学した時清水さんは3年生でありました。1年生は必ず寄宿舎に入らねばならぬ,2年生と3年生とは任意と云う制度でありました。1室8人で室長は3年生でありました,清水さんは隣りの部屋の室長でありましたが毎日顔を見ると言う状態でありました。新入生には随分あばれ者も居り猛者も居りました。清水さんは穏かな人でありましたが新入生をよく統御されて居た。体操の時間に中隊教練大隊教練と言う様な時は3年生は小隊長或は中隊長でありましたが,清水さんが指揮刀を振つて号令をかけられる様は勇ましくはなかつたが,落付いたものでありました。修学旅行の時は銃を担ぎ軍隊組織で途中で発火演習もやりました。清水さんは吾々の小隊長であり鞋脚絆に白線帽を被り指揮刀を腰にぶら下げたる容姿は今仍お髣髴として居る。宿屋ではあばれ騷ぐこともありましたが清水小隊長は怒鳴り付けることはなくニコニコしながら鎮められた。柔能く剛を制すると言う風でありました。
東京に出て大学に入学したが勿論清水さんは2ヵ年の先輩であるから五高同窓会の時位の外御目にかゝる機会は少なかつた。清水さんが医学士となりまして医化学教室に居られる頃研究室に訪問し,研究とはこんな面倒な六ヵしいものであるかと感心したことがありました。
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