連載 サクラの国のインドネシア・6
互角の合格
東梅 久子
1
1虎の門病院産婦人科
pp.208-209
発行日 2010年2月10日
Published Date 2010/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1409102280
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記憶する日本語
ある日,携帯に不在着信が表示されていた.インドネシア人看護師からであった.着信時刻を見ると午前の勤務時間中で,何ごとかと思ったものの,気づいたのが夜遅かったため,電話することができなかった.翌朝,また不在着信が表示されていた.気づいたのがすでに勤務が始まっているであろう時間であったため,また電話することができなかった.いったい何ごとだろう.何か問題が起きたに違いない.勤務を終える時間を待って携帯に電話した.
何か問題が起きたのかと尋ねると,何もないと言ってから突然英語でhappy birthdayを歌い始めた.いつの間にかおぼえた私の誕生日を祝うために,何度も電話をしていたのだと知り,誕生日を人生で初めてひとりで過ごしたと,寂しそうに話していた彼女を思い出して申し訳なく思った.
しばらくとりとめもない話をしていたところ,看護師国家試験はムリだと話し始めた.インドネシア語に交じる日本語のなかで「ムリ」という単語が際立って聞こえた.私はインドネシア語で「ムリ」という単語を知らない,知っているのは「bisaできる」の否定語の「tidak bisaできない」だけである.いつの間に「ムリ」という言葉を覚えたのであろうか.「ムリ」という言葉を憶えさせる状況が,その単語を記憶させたのであろうと思うと胸が痛んだ.
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