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はじめに─生活習慣病胎児期発症(FOAD)説とは
世界的に高血圧,高脂血症,動脈硬化,糖尿病などの生活習慣病といわれる成人病が著しく増加しており,この予防が人類にとって重要な課題になっている.これら成人病は遺伝的素因と環境因子(生活習慣)の2つの負荷により発症するという考え方が主流であり,その予防に生活習慣の指導が行われている.成人病は「生活習慣病」であり,成人病の名は用いるべきでないとまでいわれている.しかし,この名称は「成人病は生活習慣さえ気をつければ,その発症は阻止できる」という印象を多くの人々に与えることを筆者らは危惧している.この考えで,日本の成人病発症を抑制する効果が上がるであろうか.むしろ根本的な発症機序を理解し明確にしたうえでの,効率的な対策を展開すべきであると考えている.そのためにも成人病という疾患名はむしろ使われるべきであろう.
成人病を発症する特殊な遺伝子多型は確かにあり,多様な遺伝子多型が組み合わされることで易発症性の人々はいる.成人病患者を対象として大掛かりなSNPs分析プロジェクトが進行中であり,その最終成果が待たれているが,成人病発症集団の全体からみると,遺伝因子の関与はきわめて少ないことがすでに明らかになっている1).また肥満者はすべて,中心性肥満を起こし糖尿病を発症し,高血圧症になるであろうか.否である.発症する人と発症しない人がいる.その成人病発症機序に関して,第三の説として注目されているのが,20年以上前から英国サウザンプトン大学の疫学者David Barkar学派が唱え始めた成人病胎児期発症説(feta1 origins of adu1t disease : FOAD)説2~4)である.「成人病といわれるさまざまな疾患は,胎児期あるいは乳児期の栄養状態により,その素因の約70%が規定され,その後の生活習慣の負荷により発症する」という説であり,疫学,動物実験,分子レベルなど各方面にわたって,全世界で大掛かりな研究が行われている.胎児期の低栄養により,インスリン抵抗性,メタボリック症候群,シンドロームX,高血圧症,糖尿病,脂質代謝異常,中心性肥満,レプチン抵抗性,骨粗鬆症,精神疾患,その他が発症するというこの説の提唱者D.Barker先生は,2005年秋に栄養学分野のノーベル賞といわれているダノン賞を受賞された.以前は仮説とされてきたものが学説として認められたのである.その後,この説の考え方や概念は拡大していき,「次世代(含 : 次々世代)の健康および疾患の素因は,受精卵環境,胎内環境,乳児期環境で多くが決まること」が明らかとなってきた.この説はその概念を拡大してDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)学説に発展している.2005年11月,カナダ,トロントで第3回世界DOHaD学会が開催され,多領域の分野から多くの人々が参加し,その流れが大きく変わろうとしている.
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