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対症療法を主体とする薬物療法が中心であった時代には,疾病の治癒は患者自身の持つ治癒能力にほとんどすべてがまかせられており,医療のはたす役割は,当面の苦痛の軽減に限られていた.内科領域においてはペニシリンを始めとする各種の抗生剤の発見,代謝,内分泌に関与する薬剤の開発,強力な抗炎症作用を持つ消炎剤の実用化などは,疾病の治療に医療が貢献し得る割合を高めてきた.外科的手術は傷害組織を切除することにより,患者自身の治癒能力を効果的に活用しようとする切開,切断に始まり,傷害組織切除などの手術へと発展してきた.一方整形外科の領域では,骨折,先天股脱などの治療にも代表されるごとく,傷害組織を切除することなく,患者自身の持つ治癒能力を最高度に発揮できる条件を整えることに医療の主眼がおかれていた.すなわち整形外科的治療を考える場合,いま加えられる処置には,治癒を促進する一面と同時に,必ず治癒を阻害する一面も合せ持つことを良く理解し,その両者の得失を治療法の選択にあたってまず考慮することが必要であった.この観点から非観血的治療と観血的治療の優劣も論ぜられ,手術術式の優劣も評価されていた."X線写真像を治療するのではなく,患者を治療することを考えよ"との言葉は,医師としての第1歩に先輩より教えられた感銘深い言葉の1つである.
以来30年,抗生剤,術中術後管理,手術手技,手術材料の飛躍的発展は,外科領域における臓器移植,人工臓器をも可能とし,整形外科領域においては,人工関節置換術を花形とし,脊椎外科における各種instrumentationによる矯正固定手術を可能としている.これらの治療においては疾病治療における医療の役割を飛躍的に増大している.しかしこの場合にも患者自身が持つ治癒能力を軽視し得るものではなく,手術侵襲が大きくなる程,より配慮が必要となると考えられるにかかわらず,近年疾患治療における医療技術への過信がみられるのではないかと憂慮している.
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