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はじめに
本誌"臨床外科"は昭和43年の23巻5号で特集"臓器移植の可能性"をとりあげ,筆者は"心移植の可能性"について執筆したが,その中で次のように述べている1).「いろいろな角度からの動物実験の成績を綜合して,心臓の移植はむずかしい仕事ではあるが手技的には可能である.移植後の機能,免疫反応等の生物学的問題は肝,腎,肺などと比べてむしろその見通しは明るい.臨床的適応という面でも心移植の将来性は大きい…….取り敢ず残された難問題は,長い間生死を代表する臓器と考えられてきた心臓を,donor,recipientの両者についていかなる時点で,いかなる状態で移植にふみ切るかということであつて,医学的には個体の死という現象に対する再検討が必要であり,さらにはこのような手段に対する社会的認識を深めて,その背景となる法律,倫理,宗教の歩みよりを期待しなければなるまい.」当時は南アフリカのC. Barnardによつて心臓の同種移植臨床第1例が行われた直後であり,筆者は心移植の実験的研究に精魂を傾けていた頃で,自信と希望にあふれてその将来性を論じたものである.
あれから丁度15年を経過し,この問題からも次第に遠ざかつた今,再び"臓器移植の最前線"から心移植を展望するよう依頼を受けたが,さきに述べた困難性がそのまま今日の問題点として残つているわが国の現実をみるとき,正直いつて大変に気が重い,何事も世界の一流に仲間入り出来た,ないしは出来ると信じている大国日本において,臓器移植だけはその後進性が著しく,なかでも心移植はみすぼらしい.語り得る現況はすべて海外の成果の紹介に終るのは誠に残念であるが,勿論そうなつた責任の一端は筆者自身にもあることであり,若い医師,医学生諸氏のこの問題に対する認識と関心を期待して敢て筆をとつた次第である.
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