- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
私の日頃から崇拝している外科医は,何といつてもわが華岡青洲先生である.先生は,中国の古い外科医で約二千年前にすでに腸吻合や摘脾をやつていたという有名な華佗(中国の魏の国220〜265)の再来と仰がれ,その名声は全国に知られ,その門人の数は1,300余人を算し,広く全国にわたり,門人のなかつた国は大隅と壹岐だけであつたという.先生はただ医学のみならず儒学に通じ,経史はもとより老荘百家に通暁し,自らは質朴を旨として寝食を忘れて研鑚に没頭し,慈善の志深く,貧人を憐み,近隣にて先生によつて生計を営むもの数十戸に及んだという.
先生の非凡さは,その当時すでに"人の治療し能わざるものを治療せんことを目途とし,人の治療し能うものを治療し得ざるを終生の恥辱と心得べし"と唱えられたことによつても計り知ることができよう.また,医法においても"内外合一","活物窮理"を強調,すなわち,内外合一とは"外科を志すものはまず内科に精通せざるべからず,いやしくもこれを審かにしてこれが治方を施さば外科において間然あるなし.内外を審査して初めて刀を下すべきものなり"と教え,また活物窮理とは,"医はこれ活物窮理にあり,人身の道理を格知して後,疾病を審かにするにあらざれば,すなわち極致に至ること能わず,それ夫々の道,本活物なり,必ず膠柱して之を論ずることなかれ,湖漆をもつてこれを推すときはその理にそむかざるもの稀なり.察せずんばあるべからず"と(現代語に訳そうと思つたが,誤訳してはいけないのでやめる),当時から基礎医学に通ずる必要のあることを説き,その識見は今日の医学から考えても敬服に値するものであり,後世の医人・医学者の仰いでもつて模範とすべき偉人である.
Copyright © 1983, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.