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はじめに
重篤な外傷患者の予後を左右する因子は時代とともに変遷してきた.1930年代から1940年代前半には,外傷の急性期におけるショックそのものからの救命が最も重要な課題であつたが,循環管理の進歩によつてショックからの離脱が可能となつて以来,その後に生じた重要臓器障害が患者の最終的転帰にかかわる因子として注目され,朝鮮戦争時代には腎が,そしてヴェトナム戦争時代には肺がそれぞれ焦点となつた1,2).その後の医学の進歩によつて,このような個々の臓器障害についてはその管理維持が不十分ながらも可能となり,単発の臓器障害による死亡率が減少しつつあると言われる今日3,4),重篤な外傷患者の救命を妨げるものとして新たに注目されつつあるのは,心,肺,肝,腎,消化管,中枢神経系などの重要臓器が同時にあるいは連続的に機能障害に陥る病態である.これはmultiple organ failure2,5,6)(MOFと略す),あるいはmultiple,progressive,or sequential systems failure1,3)と呼ばれている.悪性腫瘍に対する手術が拡大の一途をたどり,また以前には行ない得なかつたような高齢者やpoor riskの患者にも手術適応が広げられつつある今日では,手術後の臓器障害発生の可能性が増加している.さらに,ICUやCCUに代表されるような近年のaggressiveな補助治療の進歩に伴つて,以前ではとうに死亡したような患者でも延命し続けることが多くなつており,こうした患者の全身状態を恩地7)は侵襲・治療相関関係病(new diseases created by an interaction between trauma and treatment)と呼んでいるが,これも一種のMOF類似の病態である.従つてMOFは外傷やショックの後だけではなく一般消化器外科領域でもしばしば遭遇される病態となり,外科医にとつてより身近でしかも重要な問題となりつつある.
一方,Virchowの細胞病理学から発し臓器単位の発想が主流を占めた従来の病因論により,医学は近年に至るまで細分化の道を歩んできた.しかし当然のことながら,実際の生体は個々の臓器や組織がさまざまの刺激に対して反応し,互いに影響を及ぼし合いながらhomeostasisを維持しているのであり,現在臨床家が治療に苦しむ病態の多くは,MOFのような複数の組織・臓器の平衡が破綻し複雑に関連している事態である8).従つてMOFという複雑な病態は,近年急速に進んだ医学の細分化・専門化に対する警鐘と受けとめられなくもない.これらの意味において,今回MOFが本特集のテーマにとり挙げられたことは誠に時機を得たものと考えている.
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