患者と私
鬼手・仏心
服部 達太郎
1
1横浜赤十字病院
pp.1646-1647
発行日 1968年10月20日
Published Date 1968/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407204718
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私が山口高等学校理科乙類に在学中,私の従兄は九大医学部の学生であつたので医学部の様子をいろいろ聞き知ることが出来た.そこで私は外科医を志して九大に進学することを決心した.この事は在学中の勉強方針や又卒業近くなつて自分の専門医としての選択に迷うことがなかつたのは幸いであつたと思う.さて九大に入学して間もなく,私は四年生に紛れ込んで従兄と共に三宅速教授の脳腫瘍の手術を見学させて貰つた.三宅先生が悠々と手術を進めながらその要点を学生に講義していられるご様子には感銘したが,私は初めて見る手術しかも穿顱術で患者に対する同情心がどうしても優先して足がふるえ頭が痛くなつて最後までは観得なかつた.恐らく顔面蒼白となつていたことであろう.併しその後は外科医になろうという一心から自ら叱陀しだんだんと見学にも馴れ,また医師として自ら執刀するようになつてからはいかようにして最も良い手術をして患者を救うかという考えのみが優先して,手術を受ける患者の当然の苦痛についての同情心は二の次に追いやられるようになつた.当時は全身麻酔が今日のように発達せずその安全性の面からかなり局麻を用い,できるだけ短時間内に手術を完了しようと努めていたから,一般に患者の苦痛は今日の比ではなかつたのである.
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