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私は昭和12年医学部に入学して以来,約50年間医学にかかわってきたが,健康の面から人を幸福にする筈の医学の目標が医は算術とののしられる世の風潮に対し淋しく思うのは私のみではあるまい。私個人にかぎって考えてみれば,一臨床家として過すかたわら,病気の成り立ちを明らかにしたいと色々考えたりしてこの年月を過して来た。しかしそれは徒労の努力であった。出来ないことをでかそうとする意味に於て徒労の努力であった。というのはあらゆる事象に於て我々の知り得るのは結果のみであり,結果への過程は常に不明であるからである。
その一つの証左として片頭痛をとりあげてみよう。2,000年以上も前から知られているきわめてありふれた病気であるが,その病気の成り立ちはおろか,片頭痛の色々な症状が神経系の障害によるのか血管性の障害によるのかまだ決定されていない。元来片頭痛にみられる神経性起源の症状には,発作に先行する好機嫌や発作後のうつ気分などの気分の変化,食慾や渇の亢進,甘味の切望,睡け等があり,これ等は視床下部の障害が示唆される。片頭痛の随伴症状には頭痛の他に閃輝性暗点などの前駆症状や悪心嘔吐などの消化器症状がよく知られているが,その他にめまい,失神,眼筋麻痺,顔面神経麻痺,片麻痺,痙攣,ミオクローヌス等の各種神経症状を伴い得るもの,時にはこれ等症状のみで頭痛のみられないこともあり,これらは血管性起源とするより神経発射の異状により理解されやすい。従来典型的片頭痛の前駆症状は脳動脈の収縮によるとされていたが,最近収縮ではなくて局所脳血流の減少がみられ,あたかもLeaoのspreading depressionのようにこれがひろがるというOlesenらの報告があり,spreading depressionそのものは神経性起源の現象である。しかしこれも片頭痛の前駆症状だけについて,現在いいうる主張であり,普通型片頭痛についてはかかる現象はみられないから,普通型片頭痛と典型的片頭痛とは別個に考える必要があるという。これに抵抗を感じていたらGelmersによると2例の普通型片頭痛でOlesenと同じ所見すなわち2例共頭痛の始めに充血性領域を,ついで後頭頭頂領域又は中心頭頂領域に脳血流量の減少をみとめたという。結論として普通型片頭痛の病態生理学は少くも一部は典型的片頭痛と同じだという。
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