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昨年の9月中頃から僕の勤務しているRadcliffe In—firmaryで気がついたのは秘書,タイピストなど医師の雑用をしてくれる人が実に多いことだ。そうとうな人件費で,そのほうに研究費がくわれているだろうと思うのだが,またそのために医師の臨床,研究活動がどれほど便利になつているかもはかりしれない。事実,医師にはほとんど雑用がない。病歴の整理だけでも30人ぐらいの女の子が働いている。いつも退院患者のfollow upをしているから統計的な仕事をするのにも非常に便利である。近代的な病院ではあたりまえのことなのだろうが便利だと思つたのは,病歴も含めて医師の書くものはいつさいテープに吹きこんでおけばタイピストがタイプして入れるべき場所にはさみこんでおいてくれることと,医師がそれぞれちがつた波長の小さな無線ブザーをポケットに入れておくので,医師が病院の中にいるかぎりすぐ呼びだしができることである。大病院のなかで医師を探しだすことの困難さを知つている者にとつてはこの便利さがよく理解できると思う。
脳外科,Neurology,神経病理,神経生理などNeuro関係は一ヵ所にかたまつており,図書室は共通,カンファレンスも共同でやり,日常の交流は頻繁で,事実上,Neuro関係だけで統合されている。脳外科の回診の時は上記各科のスタッフが集り,それぞれの立場から意見を述べ合う。脳外科には実験室はなく基礎的研究(実験)をしたい者は各自神経病理,神経生理,神経解剖などにでかけて研究することになる。ただ臨床医が基礎医学の研究に手をだすことはあまりないようである。研究費は少ないので,もらえる金額から考えて研究計画をたてねばならない。だから買えばすぐに役にたつ道具を何年もかかつてコツコツ組みたてたり,なんとか他のものでまに合わせたりする工夫が常に必要である。かれらの研究態度はのん気なようでしんぼう強い。アメリカから来た医師の話によるとアメリカでは金を十分くれるかわりにどんどんデータをださないと,なまけているみたいで居にくかつたが,英国ではひとつの仕事を何年もかかつてじつくりやれるから楽しい,ということであつた。研究所によつても個人によつても気風がちがうからいちがいには言えないが,英国人の研究態度は自分の気のすむまでコツコツと楽しみながら仕事をするというところがある。またそれが当然のこととなつているという羨ましい環境ができている。各個人のペーパーの数は概して少ない。学会で発表される報告も1回の学会で20ぐらいである。脳外科医の数から考えれば報告の数は日本の何十分の一ぐらいにあたるかもしれない。僕の友人の1人がやつと論文がひとつまとまつたとみせてくれた。かなり立派なものなので,いつどこに発表するのかと尋ねたら「全然考えていない。そのうち,いつかね」という返事であつた。なかには未発表の論文をそうとう多くためている人もいる。そういう人に「なぜ発表しないのか」と訊くと,たいてい「まだちよつと気にいらないところがあるから」と答える。
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