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はじめに
通常の神経伝導検査は,波形の立ち上がりを規定している最速線維の伝導速度を測定し,誘発反応の振幅から軸索数を推定し,末梢神経伝導の状態を評価する方法であり,主病態が脱髄か軸索変性かを判断する,あるいは末梢神経障害の程度を定量するという点で臨床的に有用である。しかし,脱髄以外にも,速い運動単位の脱落,Na+チャネルの不活化,軸索内外のNa+濃度勾配低下によるNa+電流の減少,静止膜電位の脱分極あるいは過分極などによっても伝導遅延は起こり得るので,神経伝導検査からこれらの機序を推定することは困難である。これらのメカニズムに対する評価を可能にしたのが閾値追跡法(threshold tracking)による軸索機能検査である。その原理は別項で述べられているので省略するが,この方法は非侵襲的に,(1)静止膜電位,(2)軸索のNa+あるいはK+電流,(3)軸索膜の受動的特性(軸索抵抗やランビエ絞輪の面積)についての情報を得ることができる画期的な手法であるといえる3, 6, 15)。
特に,1999年に英国のHugh Bostockらによって開発されたTrondheimプロトコールと呼ばれるプログラムは(この命名はBostockがNorwayのTrondheimという街に滞在中にプログラムを書いたことによる),ニューロパチー患者に臨床応用することを目的に,約10分で数種類の軸索興奮性パラメーターを測定できるように作成された3, 6)。このプログラムは英国,日本,豪州,ドイツなどの数施設で既に臨床応用され,ギラン・バレー症候群,慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー,尿毒症性ニューロパチー,低カリウム性四肢麻痺,Charcot-Marie-Tooth病において静止膜電位の変化,脱髄,Na+電流の変化についての知見がすでに報告されている15)。
一般に末梢神経障害のNa+,K+電流や軸索膜の受動的変化は,脱髄・髄鞘再生あるいは軸索変性・再生などの器質的変化によって規定される。しかし,糖尿病性ニューロパチーでは,これらの器質的変化に加えて,高血糖に基づく代謝異常(軸索内外のイオン勾配の変化,pH,浸透圧,酸化ストレスなど)が複合的に影響して複雑な病態を形成している10)。われわれは,これまで代謝障害の中心的要素とされるポリオール経路の亢進とNa+- K+ポンプの機能低下から,軸索内外のNa+あるいはK+勾配が低下することによってそれらのイオン電流が減少し,神経伝導障害の一因をなしているのではないかという作業仮説に基づいて,閾値追跡法によるTrondheimプロトコールを多数の糖尿病患者に施行してきた。特に,軸索Na+電流が減少することは実験的糖尿病ラットでは1980年代から示されており4, 5),この現象がヒト糖尿病においても認められることを明らかにしてきたのでその結果について紹介する。
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