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はじめに
アルツハイマー病(Alzheimer's disease : AD)の病理学的特徴の1つであるアミロイド斑(老人斑)は,アミロイドβペプチド(amyloid-β peptide : Aβ)が凝集し細胞外に蓄積した異常構造物であり,ADの発症に深く関わると考えられている6,11,37)。Aβの蓄積は疾患特異性が高く,AD病理カスケードの初期に起こる生化学的および病理学的変化であること,常染色体優性遺伝を示す早発型家族性ADの原因遺伝子の変異がほぼ共通して凝集能が高い42アミノ酸残基から成るAβ分子種の産生量を増加させること,Aβワクチン療法によってアルツハイマー病モデルマウス脳内のAβ沈着を消去すると,それまで観察されていた行動異常が回復するなどの理由から,Aβ濃度の上昇および蓄積がADを引き起こす原因になると考えられ(Aβ仮説),この仮説は多くのAD研究者に支持されている6,11,37)。Aβは生理的なペプチドで,膜貫通型糖蛋白質であるアミロイド前駆体蛋白質 (amyloid precursor protein : APP)からβ-セクレターゼとγ-セクレターゼによって順次切り出されて産生するフラグメントであり,通常はその後速やかに酵素的分解を受けている。このように,産生速度と分解速度の適度なバランスによって正常脳にも一定量のAβが存在するが,産生速度の亢進や分解活性の低下によりこの代謝バランスが変化するとAβが蓄積して,AD発症を誘発すると考えられる11,15,17,32)。したがって,ADの予防や根本的治療のためには脳内Aβ量を低下させることが必要であり,Aβの産生抑制ならびに分解促進,そして沈着抑制や沈着Aβのクリアランスなどがその作用点になり,製薬会社および大学などの世界中の研究室で競争研究が展開されている6,7,11,18,37)。
一方,ヒトの脳は40歳代から加齢と共に脳内にAβを蓄積するようになり9),年齢を重ねるにつれ,AD発症レベルに近づくことから,蓄積速度の個人差がAD発症を決定すると考えてよい(図1)15,32)。AD患者では蓄積速度が亢進し,発症の10~20年前から脳内Aβ蓄積が始まっていることから,どの程度脳内にAβが蓄積しているかを明らかにできれば,ADの確定診断に加え,正常加齢に伴うAβ蓄積と区別してAD発症の前段階を捉え,ADの発症前診断を行うことができるようになる。しかし,これまではAβ蓄積の程度は患者の死後脳の病理を解析することによってしか確認できていないため,生前におけるADの確定診断が不可能であった。ADの臨床診断については,もっぱらClinical Dementia Scale(CDR)を用いた問診により行われているが,現在の診断基準では早期診断に難点があり,また問診を受ける患者の当日の精神状態によりCDR値に変化が生じることや,問診を行う医師間でも判定にバラツキがあるため,機能画像診断法や血液または脳脊髄液における特異性および精度の高い生化学的診断マーカーの同定が望まれる(生化学的診断マーカーの詳細については,前項を参照)。仮に,発症の原因とされるAβの蓄積を被験者が生きたままの状態で,苦痛なく簡便に直接可視化すること(アミロイドイメージング)ができれば,言わば「樹を切らずして,年輪を知る」とでも言うように,より直接的にADの臨床診断や発症前診断が可能になる。さらに,定期的にアミロイドイメージングを行い,アミロイド斑の蓄積速度を算出することができれば,各個人の発症年齢を予測して予防的治療を開始しうると共に,症状の観察だけでなく科学的に治療効果も逐次追跡調査できるようになる。
本稿では,フッ素(19F)含有アミロイド親和化合物をプローブとして,核磁気共鳴画像装置(magnetic resonance imaging : MRI)を用いて,Aβの蓄積により形成したアミロイド斑を可視化した筆者らの最近の研究成果と,脳内のAβ分解システムを利用したADの予防・治療の可能性について紹介する。
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