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世紀の転換が近く,混沌としながらも豊穣だった精神医学の100年にも変換の時期が来ているようである。このような私の感想は長年にわたる経験に促されたことであったが,臨床現場にいる者としては,WHOの国際疾患分類ICDと国際障害分類ICIDHの並列適用は特に変換の機縁の一つとなるものであった。我が国で蜂矢英彦氏が1981年に精神障害について障害性の概念(その包括概念disablementを私は特に〜性の字をつけて呼ぶ)が必要であるという重要な提言をした時,私は直ちに賛同したが,当時はICDの症状概念とICIDHの機能障害impairmentおよび能力障害disabilityとの関係が明確に整理されていなかった。元来,症状論と機能論は異なる視点から取り上げられた概念で,症状は疾患・病気の目安・目印となる現象の形態であり,障害性は脳の働き・生活の対処能力の機能的な故障である。時間軸に沿った現象過程は機能の表現でもある。両者の併用・統合のもつ意味は実際上・理念上に重要なことなのに,これまで十分な吟味を受けてこなかった。昨年私は,医師以外の治療職・リハビリ職の人々の集会で,症状記述用語を全く使うことなしに,障害論だけで分裂病の治療・リハビリ論を話してみたことがある。このひそかなたくらみがわかりやすかったと好評だったことを聞いて,症状論なき精神医学も可能であることを知って,症状論育ちの医者の私は今更ながら少し驚いた。
内村祐之先生の名著「精神医学の基本問題」の初めの3章は,精神医学の二つの系譜に当てられている。特に第3章の「ウェルニッケとクレペリンの精神医学とその反響」は歴史的意味が深い。ウェルニッケの精神医学は彼の失語症理論の拡大されたものであり,精神反射弓と局在学の理論を実証性を欠くままに精神病にも当てはめた考想であった。彼の精神医学方面の主著Grundriss der Psychiatrieは毎章が紳士淑女諸君で始まる古風な講義録で,昔それを覗いた時には観念論の典型のように見えたが,Projektionsfeldの神経病をAssoziationsfeldの精神病と対比するなどのマイネルト以来の洞察は今も生きていると思われた。これこそは機能障害論の基本的構想とも言うべきものであった。一方,その他面に当たる現象的症状論のクレペリンの見解が,ヤスパース,K. シュナイダー路線の上に疾患分類と診断の体系を築き,それがICD,DSMへと発展したのに対して,ウェルニッケの系譜はボンヘファーの外因反応型は別として,クライストらの機能・過程による病型分類は観念論的細分化に堕して実効を生まなかった。
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