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自伝的記憶とは
自伝的記憶(autobiographical memory)は,自己に関係した情報の記憶である28)。このような自伝的記憶は,従来の記憶図式の中ではどのように分類されるのであろうか。記憶は,時間軸に従って大きく感覚記憶,短期記憶および長期記憶に分類される。感覚記憶は,残像で代表されるような刺激がなくなった後に続く一次的な感覚の持続である。短期記憶は数秒から数十秒間程度持続し,我々にいま過ぎ去った過去を意識させる。また,記憶にはさらに長期間保持されて知識や思い出になる長期記憶(long term memory)がある。長期記憶の中には,比較的短い間,情報を保持する近時記憶(recent memory)と長期間にわたり情報を保持する遠隔記憶(remote memory)に分けられる。この中で,自伝的記憶は遠隔記憶に属することになる。また,近時記憶の障害があると前向健忘(anterograde amnesia)が生じ,遠隔記憶の障害があると逆向健忘(retrograde amnesia)が起きる。長期記憶の中のもう1つの分類は,記憶している本人の個人的な体験と結びついた記憶であるエピソード記憶(episodic memory)と個人を離れた知識としての記憶である意味記憶(semantic memory)がある。このように,エピソード記憶と意味記憶の区別をしたのはTulving26)であるが,この中では,自伝的記憶は,一応,エピソード記憶の範疇で考えられることが多い。ところが,最近の研究では,自己に関係した情報の記憶を,さらに,自叙伝的出来事記憶と個人史的意味記憶(personal semantic memory)に分けている16)。この場合,個人史的意味記憶とは教育歴や履歴などの個人の履歴に関する事実の記憶とされ,自叙伝的出来事記憶とは時間と場所が特定できるような記憶とされている。
ところで,健常人における自伝的記憶を研究する方法としては,日誌法がある。すなわち,日々の出来事を日誌に記録し,その記憶を追跡調査する方法である。Linton18)は,この日誌法を用いて自分自身の記憶を6年間にわたって組織的に調べた。毎日少なくとも2つ以上の出来事をカードに記載し,毎日,そのファイルの中からランダムに2つを選び出し,そこに記載されている出来事を思い出す。その結果,忘却には2つのタイプがあることを見いだした。すなわち,第1は類似した出来事の個々の特徴が忘れられ,互いに区別がつかなくなるものである。もう1つのタイプは,その出来事に対して全く思い出せなくなるものである。第1の忘却では,個々の出来事のエピソードが,意味記憶の中に吸収されてゆくプロセスを反映していると考えられる。例えば,初めて会議に出席した時には,すべてが新奇な出来事であり,その出来事に固有のエピソードが形成されるが,会議が定期的に開催されると毎日の会議に共通の要素とパターンが抽象化され,会議のスキーマとでもいうべき意味記憶に吸収されてゆくと考えられる。このような事実から考えると,自伝的記憶にはエピソード的な要因と意味記憶的な要因が含まれることがわかる。前述のごとく,記憶をエピソード記憶と意味記憶に分かつことを提唱したのはTulvingであるが,このような事実を見るかぎり,エピソード記憶と意味記憶の境界は曖昧で互いに移行しうる可能性があることを示している。
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