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最近,家庭裁判所から禁治産宣告のための精神鑑定依頼が多くなってきた。依頼されるがままに引き受けていると,年間10件を超える状況がここ2〜3年続いている。精神鑑定は社会精神医学の重要な分野であるし,司法関係者と意見を交わすのは勉強になることもあって,特別の理由がないかぎり引き受けることにしている。鑑定依頼の背景には,区画整理のための土地売却に伴い役所から手続きを要求されたり,資産相続に伴う子供同士の争いの中で老人が鑑定の対象にされたり,遺言状の効力を争って故人の当時における意思能力が鑑定事項になったりなどである。親が一代で築いた資産の相続で鑑定の対象になっている高齢者から,子供たちの係争を嘆く声を聴くとき,鑑定人としてもやりきれない気持ちになったりする。遺言能力について係争が生じるのは,通常遺言者が故人になってからであり,それまでは遺言状の存在すら知らされていなかったことも係争の動機となったりする。禁治産宣告事件の9割以上が高齢者の痴呆が問題となっているのは,高齢化社会に伴う精神医学の新たな課題となりつつあることを物語っている。
重症痴呆例では,禁治産宣告につながる鑑定書が提出されても申し立て人やその他の関係者は大体納得する。軽症〜中等度痴呆例では,相互の利害がからむ場合,法廷での論争が熱気を帯びてくる。調査官の資料は大変参考になるが,判決を意識しすぎての調査であることもあり,そのまま受け入れるわけにはいかないことがある。裁判所の禁治産宣告は,必ずしも鑑定人の判断とは一致しないのは当然のこととしても,事件本人を取り巻く状況がその判定に影響している傾向があり,鑑定人の役割を考えたりすることがある。精神医学的には,中等度以上の痴呆があったとされる症例が,死亡前に公証人立ち会いのもとに遺言状を作成していた事件も珍しくない。精神医学的に中等度以上の痴呆の存在は疑う余地がないと結論しても,遺言で利益を受ける側の弁護人は,事件本人が公証人の質問に“yes”,“no”と答えることができたので,痴呆の程度は大したものではなく,意思能力は保持されていたと主張し,その場面のテープまで流されたりすることがある。その場面を聞いていると,公証人の質問が“yes”,“no”で答えやすいような簡単な質問で構成されていたりする。痴呆患者は,一見正常な感覚機能が備わっているようにみえても詳細に検討すると,調子の良い時とそうでない時とで精神機能にむらがある(機能変遷)ことや,その場の雰囲気で感覚的に行動を決定しやすく,連続性に欠けることなどの理解はみられない。しかし,裁判所側は公証人の存在を精神科医の鑑定よりも優先させる傾向があるような気がする。
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