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■はじめに
精神科救急医療が発達しないのは,地域医療がいくらも展開しないからである。地域医療が展開しないのは,病院医療,特に病床数が変わらないからである。地域医療を地道に展開することによって,病院医療を抑制することができると考える人もあるが,それはまず不可能ではあるまいか。病院医療をしかるべく抑制する方途を見い出して初めて,地域医療に真の需要が発生するからである。少なくとも世界の精神医療先進諸国の実験を見るかぎりそうであって,その逆の手続きで成功した例をあまり聞かない。仮にいま全国に5万人分の保護住宅(援護寮,福祉ホーム,共同住宅,障害者優先アパートなど)を作ったとして,10年後に果たして何人が退院してこの住宅を満たしているかを考えてみればよい。相変わらず満床の病院と空き家の住宅(地域)とが対峙しているだけであろう。ところが,医療制度の改革,診療報酬体系の大幅な改正を断行することによって,10年計画で10万床削減が現実の日程に上ったとすると,5万人分の保護住宅が準備され,これがフルに利用される蓋然性は極めて高いのである。病床削減による退院の圧力があって初めて,地域医療は前進する。
改正法施行後早くも7年が過ぎて,病床数にも平均在院日数にも見るべき変化がないことからもわかるように,我が国の精神保健法は現実を変える力を持っていない。このままでは20年経ってもたいした変化は望めない。アメリカでは1960年から1980年の20年間に病床数を1/3に削減して万対10床にした。病床削減に慎重なイギリスでも同期間に病床を半減させて,万対16床にした52)。イタリアに至っては1978年の精神保健法の改正以後9年間で公立病院の病床を1/3に,私立病院の病床を1/2に削減した12)。アメリカにおいて,またとりわけイタリアにおいて,病院医療解体の急速な進行に対して地域医療建設の著しい遅滞が指摘されている。アメリカの精神医療改革は失敗したと宣伝する日本人精神科医も少なくないし,イタリアの精神医療改革はいずれ破綻すると予言する者33)まで現れたが,上記の遅滞を取り戻す努力が両国において重ねられた結果,イタリアにおいてさえ,地域精神医療の方向性はいまや動かし難いものとなったようである8)。
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