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いかなる形式の病気に罹患しているにせよ,精神病者は自分の妄想に対してなされうるいかなる論議に対しても病的に頑なに抵抗するのが一般的である。反論は患者の気を引いたり,あるいは患者に無視されたりするが,考え方の根底を何ら変化させるものではない。反論におどかされたり,すでに快方に向かっている場合にはせいぜい患者は妄想を口にしなくなるぐらいである。しかし,口にしないからといって,患者の知性は改善をみたわけではないのである。だからといって患者は頭を使って妄想に言及しないようにしているわけでもないのである。この点に関して,患者は脅威にさらされて感情の表出を断念している子供とある程度対比しうる。子供は外見上は譲歩しているようにみえるが,その点を除いては一切関知しないかのように取り繕っているだけである。もしも狂気が説得を受け入れたとするならば,その狂気は病気ではなく,単なる誤りにすぎないということになるであろう。
そのかわり,健康者が精神病者に影響を及ぼさないのと同じように,精神病者も精神的健康者に影響を及ぼさないのである。狂気は伝染するといわれ,また患者と接して生活している人々は患者と頻繁に接することに危険はないと考えてはならないとも言われた。精神病の素因を有する人々には狂気の伝染はなくもないであろうが,大部分の理性ある人々には全くありえないことである。病院hôpitauxの看護人よりも施設asilesの看護人の方が危険にさらされているとはいえないし注1)患者の家族は患者と同居しているからといって危険性が大きいわけでもない。健康者が患者を説き伏せることができないのと同じように,狂者も健康者を説き伏せるには至らない;狂者が健康者を説き伏せるためには,狂者がその病的状態とは相容れない精神的,知的能力を持っていなければならないであろう。理性とは相容れない奇妙な考えを,人々に納得させるのは容易なことではない。それが成功する可能性は,絶えざる闘いによってのみ初めて生ずるであろう。ところが,精神病者は他人の意見には無関心に生活している;患者は自分だけで事足りており,自分の信じていることは抗し難い権威を持って自分自身に迫ってくるので,誰も彼から奪いえない彼の基盤に人々が従おうと従わまいと,彼にはほとんど問題ではないのである。
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