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■はじめに
1980年代後半は,自閉症研究における第3の転換点といわれた。周知のように,自閉症研究は,1943年のKannerによる11名の早期幼児自閉症の記述に始まった。Kannerの論文から20年余りの間,自閉症は非常に稀な後天性の情緒障害であると考えられ,その病態の中心は自閉的対人関係の引きこもりであると考えられた。またこの時期,自閉症と児童分裂病とは同義語となっていた。しかし追跡研究が進むにつれて,第2の転換点が訪れた。1960年代後半になって,自閉症は先天性の発達障害であることが明らかとなり,また彼らが様々な認知障害を有することが示された36)。ここで,Rutterによる認知・言語障害説が登場し,自閉症の病因的中心は社会性の障害(自閉性)ではなく,言語コミュニケーションの障害であるという,コペルニクス的転換がなされたと信じられた63)。またKolvinら54)の詳細な研究は,自閉症と児童分裂病とが明らかに異なった病態であることを示した。ところがこの認知・言語障害説はその後のさらに20年間の研究の中で,再び修正を余儀なくされていった。受容型発達性言語障害との比較からは,言語障害がそれのみでは自閉症のような社会性の障害を引き起こさないことが示され10,16),また正常知能自閉症の研究からは,知能と社会性がある程度独立のものであること,言語能力や論理的思考力が,普通者に比して劣らない症例においてもなお,彼らの社会的適応が決して良好でないことが示された82)。こうして1980年代後半には,自閉症の病因的中心は言語コミュニケーションの障害から,自閉性すなわち社会感情の障害に基づく対人関係の障害へと逆戻りした。さらに自閉症が当初考えられていたほど稀な病態ではなく,広範な裾野を持った普遍的な症候群であることも明らかになってきた。
Kannerの最初の記述から今日まで,半世紀余りの間,自閉症は常に変わらず児童精神医学のメインテーマであり,量質ともに膨大な研究が行われてきた。自閉症に関する関心は,我が国でも,海外においても強まりこそすれ減弱する様子はみられない。国際誌に記載される自閉症に関する論文は年間約150本余りに上り,専門誌(Journal of Autism and Developmental Disorder)を除いても,この数年以内に,筆者が知るかぎりだけでもいくつかの特集5,72,96,97)が組まれ,また展望33,86)が著わされている盛況である。ここで総括的な展望を行うことは,まさに屋上屋を重ねると言わざるをえないであろう。そこで,この小論では自閉症の内的世界という点に絞って展望を試みてみようと思う。自閉症児,者には世界がどのように体験されているのであろうか?自閉性と呼ばれる社会感情の障害を形作る中心はどのようなものであろうか?言うまでもなく,この問題は自閉症の本態そのものをめぐる問題であり,いまだに明確に答えられてはいない。自閉症の精神病理に関する研究は,自閉症研究の第1段階において精神分析的な立場からなされ,それ以後中根63)の労作を唯一の例外としてほとんど顧みられることがなかった。だが約半世紀の自閉症研究を経て,今日我々は,彼らの内的な世界を垣間みるに足る十分な資料がある程度そろっているのではないだろうか。自閉症の内的世界を中心としたために,この小論では自閉症研究の大きな一部分(例えば生化学的研究,治療研究など)には触れていない。これらの不足部分については,他の特集を参照されたい。
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