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はじめに
精神分裂病(以下分裂病)研究における最大の隘路は,その病変が未だ不詳であることと筆者は考えている。分裂病概念はアルツハイマー病(AD)よりも約10年早く脳病理の存在を想定され,早発性痴呆として提起された。しかし,幾多の努力にもかかわらずADのような特異的脳病変は見いだされず,1960年代まで「もはや形態学的研究では分裂病には接近できない」という諦めが支配する時代(松下31))を経験しなければならなかった。それだけにIngvarとFranzen19),あるいはJohnstoneら21)の脳画像法による分裂病脳病理再発見の報告は,精神医学界に衝撃を与え,脳病理解明の期待を抱かせた。その後の20年余の研究は分裂病の脳病理をどこまで明らかにしたのであろうか。
この20年の分裂病脳病理研究の特徴は,脳画像研究(形態,機能)の進歩が神経病理・神経化学的研究を再活性化したものと言える。神経心理学的,精神生理学(認知神経科学)的,症候学的分裂病研究においても脳画像研究知見との関連が意識され実施された。遺伝医学的研究も1980年代後半に分裂病をはじめとする精神疾患に適用されるようになったが(Sherringtonら44)),ゲノム研究の大部分が末梢血DNAによるものであり,脳における遺伝子発現の検討はまだ極めて少なく,分裂病における遺伝子研究と脳病理研究とのリンクは今後の焦眉の課題である。
一方,分裂病が患者個人のみならず,家族や社会に与える損失が論じられるようになった。アメリカ合衆国における分裂病の直接医療費は米国では年間1兆円強(Andreasen4)),社会的損失を含めた試算は年間3.8兆円との報告がある。我が国の人口を米国の1/2とし,種々の条件の違いを無視して推計すれば直接医療費約5,000億円,社会的損失を含めると1.9兆円程度となる。実際,筆者が入院分裂病患者(約20万人)のみの医療費から推計した年間入院医療費のみで7,000億円弱であった。
このような社会的要請は,脳科学委員会の戦略目標(1997)において,10年後にアルツハイマー病,20年後には分裂病や躁うつ病の予防法確立というタイムテーブルが提起されていることと無縁ではないであろう。
分裂病研究者は,脳の病理とその成因の解明を通じて,分裂病治療の革新と予防の展望を切り開く責任を負っている。ここでは分裂病研究の課題を,主に脳病理の解明の現状に絞って検討したい。
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