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はじめに
知能検査は,精神機能の重要な側面のひとつである知能を測定・評価するための心理検査である。知能検査の臨床活用に際してまず留意しなければならないのは,測定・評価の対象である「知能」が心理学的構成概念にすぎない点と,その定義が研究者により異なる点である。しかし近年,知能の核心に関して著名な研究者による合意が得られた1)。これによると,知能とは,推論し,計画を立て,問題を解決し,抽象的に考え,複雑な考えを理解し,すばやく学習する,あるいは経験から学習するための能力を含む一般的な知的能力で,ものごとを「理解し」,それに「意味を与え」,何をすべきか「見抜く」ための,より広く深い能力である1)。この定義に加えて,近年,大きな注目を集めているのがCHC(Cattell-Horn-Carroll)理論2, 3)である。この理論は,近年開発された知能検査・認知検査に共通する理論基盤となっており,検査結果の解釈に活用されている4)。
CHC理論は,限局性学習症(SLD),注意欠如多動症(ADHD),自閉スペクトラム症(ASD)などの神経発達症群の主訴の理解や支援の検討に活用することができる。また,小児期のうつ病における神経認知的障害に関する研究5)や,うつ病とアルツハイマー病の鑑別診断に関する研究6)でCHC理論の観点から分析が行われている。
今なお細かい修正が続いているCHC理論だが,その大きな特徴は,知能あるいは認知能力を3層の階層構造で整理している点である。最下層に位置する第1層には,多くの細分化された能力(narrow ability:限定能力)が位置する。これらの能力を大きくまとめた能力(broad ability:広範能力)が,その上位に第2層として位置付けられている。ここには,流動性推理(fluid reasoning:Gf),結晶性能力(理解-知識)(comprehension-knowledge:Gc),短期記憶(short-term memory:Gsm),視覚処理(visual processing:Gv),聴覚処理(auditory processing:Ga),長期貯蔵と想起(long-term storage and retrieval:Glr),認知処理速度(cognitive processing speed:Gs),決定と反応速度(decision and reaction speed:Gt),読みと書き(reading and writing:Grw),量的知識(quantitative knowledge:Gq)などの能力が含まれる(これらの他に暫定的に6つの能力が提案されている)3)。そして,第2層の能力を統合した能力が最上位の第3層に位置付けられ,これが全般的な知的能力を表す一般知能(g因子)とされている4)。
さて,本稿で取り上げるWAIS-Ⅳ(Wechsler Adult Intelligence Scale-Forth edition)の日本版(日本版WAIS-Ⅳ)7, 8)と,Wechsler Intelligence Scale for Children-Fifth editionの日本版(日本版WISC-Ⅴ)9, 10)は,知能を「目的をもって行動し,合理的に思考し,自らの環境に効果的に対処するための個人の能力」と定義したDavid Wechsler博士によって開発されたWechsler(ウェクスラー式)知能検査の日本における最新版である註。また,上述のCHC理論における広範能力のうち,おおよそ5つの能力,すなわち,流動性推理(Gf),結晶性能力(Gc),短期記憶(Gsm),視覚処理(Gv),認知処理速度(Gs)を反映していると考えられている。なお,これらの検査の診療報酬点数は,2024年3月現在,450点(根拠D283-3)である。
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