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私自身は軍隊体験はないが,先輩から「帝国軍隊は戦争神経症などをおこす弱虫は居ないと言われていたのに,実際には随分居ましたよ」というような冗談話を昔,よくきかされた。戦争が終って37年,日本では戦争神経症という言葉さえ消滅しかかっている。最近,新しい精神科教科書がつぎつぎと出版されているが,戦争神経症という言葉は全く記載されていないか,あるいはせいぜいほんの一行程度紹介されているにすぎない。戦争がなくなったから戦争神経症もなくなり,したがってその言葉もいらなくなったと言えるであろう。日本ばかりではない。われわれにとってなじみの深いドイツ精神医学でも,戦後間もなく(1948)出たBumkeの教科書(第7版)などにはかなり詳しく戦争神経症のことが書いてあったが,最近のBleulerの改訂版や新しい教科書であるWieck(1967),Huber(1976)などにはこの言葉すらのっていない。世の中が平和に過ぎてきた証拠でもある。戦争神経症という言葉はやがては辞書にだけ残っている死語になるであろうと何となく私は思っていた。
ところが,今,日本で流行しているDSM-IIIのなかにはPost-traumatic stress disorderという項目がある。この内容は何かというと,通常では経験することのないような異常な体験にさらされたあとのストレス反応であるという。通常では経験することのないような体験としては,強姦,暴行,戦斗,洪水,地震,交通事故,航空機墜落,空襲,拷問などがあげられている。強姦や交通事故などはともかく,戦斗,空襲,拷問などが原因としてあげられているのは,われわれからみるとひどく時代錯誤的な印象さえ受ける。症状としては,その体験のことが繰り返し襲いかかるように想起される。その体験のことを繰り返し夢に見る。夜驚,その体験を連想するようなことを考えたときや,何か環境刺激によってあたかもその心的外傷体験が再現したかのごとく突然感じたり,行動したりする。外界や自己の活動に対する関心の喪失,感情麻痺その他である。この一部はまぎれもなく戦争神経症である。これに近い項目はDSM-I(1952)では大ストレス反応としてあげられているが,DSM-II(1968)では除かれてしまったものである。
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