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I.はじめに
地域における精神科医療の第一線に位置する各診療所は,それぞれの特徴をもって地域にひらかれている。それは,直接医療に携わる治療者の構えによっても,自らその役割に特徴が表われてくる。たとえば,治療者が自己の専門性を生涯に亘って研鑽し,一層その特殊性を限られたものにするか,あるいは,専門性はむしろ止揚して,地域住民の精神衛生的相談役として幅広い医療を目指すか,また,治療はごく限られた専門の範囲にとどめ,スクリーニングの役割としての医療に徹するかなどである。このことと関連する事項としてて,最近,専門医を志す人たちの数が著しく減少し,また診療所の開設も横ばい状態となり,それに反して臨床勤務医の数は昭和50年頃から急速に上昇しているときく。それらは,患者の診療所離れ,病院志向に由来する現象なのであろうか。こうした現象を見ても,診療所の役割とする医療の在り方は,今後ますますゆるがせにできない多くの問題をはらんでくるのである。
さて,現在,当面する医療には,国民医療費の動向や医療給付にからむ保健・医療経済体制の問題あるいは老年者医療対策,医事紛争など多くの保険医療の問題を内在させている。それらは国家と医療担当者,そして国民とを直結する有機的な関係に基礎をおいて考えねばならず,その目標は,絶えず国民の健全な福祉の確立や健康の向上を目指すことにある。そのためには,医療の活動は国民と治療関係者との相互協力的な関連によって推進されなければならない。つまり,国民も医師も納得するよりよい医療が得られることが基本のものといえよう。その意味で,医師は絶えず自己照明をおろそかにはできない。現在の地域医療においても,日本のこうした実情を踏まえた専門性とプライマリ・ケアの充実の必要性が求められており,精神科診療所の開業医も例外なく,その現実の要請に即応する態度の選択が求められている。精神科診療所が地域医療の尖兵的役割をもつ存在のものとして今日ほど重視される時代はなかろう。
精神科の外来治療や診療所の問題が独立した課題として学会で問われるようになったのも,そのような状況から起こる反映の一つに違いないし,今回の特集もまた,同じ意味から診療所の在り方が問われるわけであろう。それにはまず,精神科診療所の実態,それも特に精神療法という専門性が日常の臨床でどのように生きた適用がなされているのか,また,生業としての診療所の運営状況の実態を個別的に把握することも一つの手がかりと考えられたものと思われる。
私のところのような最小規模の診療所がサンプリングされたのも森田療法を行っていることに一つの理由があったのであろう。
以上のことから私がこの特集で与えられた課題は,一つは森田療法を実施する診療所の経済的実情について,つまり,どのようにして経済的に診療所の機能を成り立たしめているかという問題であり,他の一つは,それぞれ異った精神病理をもつ適応障害に対して森田療法をどのように修正させながら適用させているかである。私が以上についてこれから述べることは,編集関係者の意に添わないものになる公算が大きいように思われる。それは私の経営的能力の欠如と資料不足が適切な解答を成し得ない大きな障害となっているからである。
以上の課題に答える前に,現場の実態をまず説明しておきたい。
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