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I.はじめに
医学史の中の精神病院というテーマを与えられて小論をまとめることになっだが,このテーマは,かなり種々な扱い方が可能である。まず医学史を,どのように理解するかで問題がわかれる。医学史(medical history or history of medicine)を医史学(medical historiography)と区分して言う場合と混同する場合とがある。前者の場合,医史学は,より記述の正確さ,実証性に重点をおくことを,ことさらに訴えようという意図をもつ。これに対して医学史は,より柔軟にstoryの強さを前面にだそうとする。論証性・実証性もさりながら,追体験の現実性を重視する傾向がある。
人が歴史を顧みるのは,集団的エゴのアイデンティティを求めるためである。アイデンティティを過去に求めながら,前進のための踏み台とする。また自我のアイデンティティを明らかにすることで,葛藤状況からの脱出も可能になる。
いささか古典的ながら,歴史記述についてベルンハイムは,物語り的歴史,実用的歴史,および体系的歴史を区別した。物語り的歴史は,もっぱら感性レベルにおける基準によって史実が求められ構成されることによって出来上った歴史を通じて同一の感性的体験をもたせようというものである。実用的とは,日常的な実用性を準拠として選択された事実を伝承しようというもので,人間の文化自体が過去のつみかさねの上に成長している以上これも重要な記述方法である。しかし,もっとも歴史的だといわれるのは体系的な歴史あるいは史観をもって史実が選択構成されたものであろう。これは,対象とする領域自体に,一定の視点を提供するものである。
とくに医学史について,体系的歴史という点から整理を試みると,①伝記と系譜,②発達史観,③社会史観の3種類を区分でき,それぞれが大むね時代の医学のみかたを反映している。
伝記や系譜は,洋の東西を問わず,歴史記述の意識が生れると,まず登場するもののようである。それは,概ね,そのような歴史記述を求める集団か,社会的にかなり地位を確保してきたとき,それを一層強化すべく,先人の顕彰や,自分たちの集団への系譜を編もうという運動がおこる。ついで,それを客観化して,医師の場合ならば,医学の発展の歴史として,発達史の記述がおこなわれる。現在を頂点として,医学は未開から次第に進歩してきた。将来においては,現在持つ方法を踏襲すればよいとする現状の肯定を言外に要請している。
社会史観となると,さらに客観的に,医学自体をも社会史の一環としてとらえようとする。アイデンティティは,医学にではなくて社会にある。
さて,"医学史の中の精神病院"というテーマに対しては,まず,医学史とくに精神病学史の記述様式を時代的に追求してみよう。ついで,病院Hospita1という施設の変遷を探り,医学との関係を検討してみよう。
自明のことのように思われるかもしれないが,Hospita1という字の中に「病」という意味は全くかくされていない。それが病気と関係をもつようになり,さらには現代社会では医療のセンター的な位置についていることを思えば,これは現代医学の構造を理解する上で,かなり重要な対象であることを失わない。
とくに病気概念の形成に,病院の果した役割は大きい。精神病という概念自体も同断であり,現在の精神医療,または精神衛生の混乱の原因を明らかにする有力なアプローチともなろう。
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