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Ⅰ
思春期もしくは青年期の危機については,さまざまのことがいわれてきているが,なお曖昧なこと,不明なところ,矛盾対立する見解が少なからず認められる。たとえば自殺は明治以来,わが国では青年期心理の重要な様相の一つを示すものとして,研究者や識者の関心を集めてきた。しかし最近の統計が示すところによると,人口10万人あたりの自殺者の数の比率は,青年層よりも中年層の方が有意に多いのである。もちろんこの一事をもって,青年期が危機的であるとする見解への反証が得られたと速断する者はおるまい。しかし,中年の自殺が研究者や一般人から殆ど関心をもたれていないのと比べると,青年期の自殺の方が,常に問題視されてきたことをどう考えるべきであろうか。また臨床家の目にとまることのない多数の「正常な」青年は主観的にも客観的にも格別の心理学的危機に会うことなく成人になっていくことは多分事実である。彼らが全青年のうちに占める比率は,危機という言葉の定義の仕方に応じて変動するにしても,無視できないほどのかなりの人数であることは確かである。一口に青年期といっても,その時期の通過の仕方は決して一様ではなく,むしろ,青年に与えられた生物-心理-社会的な諸条件によって,非常な差異があることに,われわれはもっと注目すべきではなかろうか。この点について,実は青年心理学に大きな貢献を行なったSpranger, E. も夙に気付いていたのであり,近年においては例の,Erikson E. H. も健康な青年の持つ,たくましい成長力に言及している。また,筆者がかつて紹介した6)Daniel Offer11)らのグループによる高校生の縦断研究においても,「連続的成長群」という名の下に,青年期を順調円滑に経過する一群の青年が他の型の成長群と対比されながら論じられている。しかし,どのような諸条件が,青年期のあり方と経過とを,どのような形で規定するかについての解明は,まだ全くその緒についたばかりといってよい。とくに,高校時代頃については前述のOffer, D. をはじめとして何人かの研究者が研究成果を発表しているが,中学生時代やそれ以下の時期についての,綿密な考察は欧米でも殆ど行なわれていないようである。そこで本小論では,筆者が長期にわたって組織的縦断的に調査と観察とを続けてきた一群の対象者の中から,男子のみについて,それぞれに際立って異なる発達経過をたどった3例をえらんで,青年期危機の問題を考察する。その際,青年期を3分して考えた場合の,前期の変化過程にとくに焦点を合わせることになろう。
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