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I.はじめに
対人恐怖という概念でまとめられる諸症状をもった神経症の人達で,1963年1月から,1974年12月までに当診療所に25日から6カ月入院森田療法をうけて退院した患者は,528例,男性391例(74.1%),女性137例(25.9%)である。この528例は同じ期間に入院治療をうけた神経質タイプの神経症1046例(ヒポコンドリー224例,不安神経症160例,強迫神経症662例)の50.5%にあたり,また神経質の近縁症状である抑うつ神経症173例,強度の強迫行為57例,離人神経症13例を加えた1289例の41.0%に,また強迫神経症662例の79.8%にあたる。この対人恐怖のうち2例(男性)(0.38%)は自殺している。自殺2例は調査以前にわかっていたのでアンケートを出していない。この528例の患者は,入院に際して自ら治療を希望して入院したもので,家族に無理に入院させられたものは1人もいない。著者が初診時40〜60分を費して詳細に問診したもので患者の希望に従って入院し,著者が自ら治療にあたったものである。
対人恐怖的症状には単純な人見知り,恥かしがりの程度のものから,分裂病との境界を思わす症状のものまである。そして大別すると,関係妄想性のない普通の対人恐怖と関係妄想性のある対人恐怖とがある。著者は青年期の一過性で,単純で,強迫観念と言われない程度の人見知り,恥かしがり程度のものを除いて,関係妄想性のないものを平均的対人恐怖という言葉で,関係妄想性のあるものを関係妄想性対人恐怖という言葉で表現した。小此木3〜5),笠原8)の対人恐怖の段階の記述があるが,それらをも参考にしながらその範囲について述べる。強度の生存欲から対人的の不安,精神葛藤を起こす型の強迫観念を,森田は神経質タイプの神経症の中の対人恐怖と考えた。この森田の対人恐怖の大部分はここでいう平均的対人恐怖に入る。この型の範囲は一般に14〜15歳から重大な動機などなく発呈することが多く,そして純粋な強迫観念にとどまっていて,敏感性になって関係念慮を起こしてもその程度が軽度で,妄想的な確信にまでいたらない程度のものであり,症状としては対人的不安,緊張,ふるえ,他人の視線,赤面,体・顔のこわばり,吃音,よく声が出ない等にとらわれる程度にとどまっているものが多い。笠原の段階でいえば純粋に恐怖症にとどまっている段階のものであり,また高橋(徹)の言う―まだ十分考えがまとまっていないといわれるが―本態的対人恐怖16)(中核的対人恐怖)というものも,大部分はここでいう平均的対人恐怖に近いように思う。
関係妄想性対人恐怖の範囲は,自己の視線,表情,態度,体臭などに敏感性になり,関係妄想的になって,まちがいなく他者に悪い影響を与えていることが他者の行動,態度によって直感的にわかると確信し,あるいはそれほどまででなくとも判然としていると主張するものであるが,その程度にとどまっていて妄想様観念はそれ以上に発展しない程度のものである。笠原の言う自己視線恐怖というのはこの範囲に入る。更に重症性で人格の障害があると思われるものは,小此木の言うように分裂病との境界と思われるもので,ここでいう関係妄想性対人恐怖という範疇から除いた。この境界領域の一つの例として,学校の教師が生徒のがやがやの声の中に「つんとすましている」とか,あるいはガス(放屁)恐怖の患者が電車に乗った場合,がやがやの声の中に「くさいくさい」という声を聞き,このことを他者に影響を与えている証拠として確信している重症の関係妄想性のものがある。これは錯覚的要素の多いものから,中には幻聴と区別できなくなるものがあり,更に声なき夜半にもその声を聞く幻聴のものまで存在する。ここまでくると分裂病を考えなくてはならなくなる。
当診療所に入院したものは自ら希望して来たものであるためと思われるが,関係妄想性のものも一般に笠原8)の記述しているものより軽症のものが多く,われわれの所を訪れたものは関係妄想性の傾向をはじめからおびていると思われるものも勿論あるが,徐々に敏感になっていったもののほうがより多いような印象を受ける。
アンケートを発送した526例のうち,現在の心的態度の判定の回答をよせたのは359例―男性264例(73.5%),女性95例(26.5%)―である。その初診時のカルテの記述と,アンケートでの症状に関する質問の回答との両方から判断して,関係妄想性と平均的対人恐怖に分った。平均的は199例(55.4%)―男性156例(78.4%),女性43例(21.6%)―関係妄想性は160例(44.6%)―男性108例(67.5%),女性52例(32.5%)―であった。
次に山下がその著の中18)で対人恐怖100例中,面接回数10回以下で症状消失というものを12例(12.0%)あげているが,われわれが入院治療した患者は対人生活の困難に耐えかねて自ら自費入院に踏み切った人達で,外来の面接では歯の立たなかったものがほとんど大部分のように思う。
対人恐怖症の予後調査の文献は極めて少ない。強迫神経症の森田療法の治療効果については,森田6,9)は147例,竹山15)は286例,御厨10)は65例の退院時治療者の判定した全治,軽快,未治の統計がある。それの追跡調査については,阿部1)の62例の11/2〜3年後の調査があり,外来患者については与良17)の72例(平均1.9回面接のもの)の5〜9年後の追跡調査がある。更に中川11)も東大神経科等の外来で神経衰弱,神経質,強迫神経症と診断されて治療をうけた531例の7〜17年後の追跡調査をしているが,強迫神経症として記述しているものは24例である。これらの強迫神経症の大半が対人恐怖と思われるけれど,特別に対人恐怖を区別して取り上げていない。ただ慈恵大学第三分院森田療法室2)の,退院12カ月後の対人恐怖15例の予後調査がある。この15例は対人恐怖以外の強迫神経症5例より予後不良と述べている。また山下は100例の対人恐怖を例示した中で追跡調査ではないが,面接による治療か小集団精神療法と思われるが,症状消失27%,軽快54%,不変19%と述べている18)。
著者も1951年5月から1966年2月までに,当診療所に20〜150日間入院森田療法をうけ退院した強迫神経症316例のアンケートによる追跡調査13)を1966年の4〜5月に行なった。その結果を述べると,住所不明でアンケートが戻ったもの25例,家族から病死の連絡があったもの2例,未回答のもの78例(回答未回答合計291例の26.8%)であり,そして現在の心的態度を判定して回答をよせたものが211例(291例の72.5%)であった。高度の改善状態A段階+B段階は114例(211例の54.0%),相当度の改善状態C段階90例(42.7%),改善されない状態D段階7例(3.3%)であった(A,B,C,D段階のことは後述してある)。しかしこの調査では1964年4月から1966年2月までに退院したものの回答は,退院してから3カ月〜2カ年のもので,調査の早すぎると思われるものを相当数含んでいる。またこの調査は対人恐怖を含む一般の強迫神経症のものであって,対人恐怖を区別したものではなかった。
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