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I.はじめに
Capgras症候群12)は,1923年にフランスのCapgrasおよびReboul-Lachauxによって瓜二つ錯覚(L'iliusion des sosies)として初めて記載されたものであるが,一般には身近なある人物が,まったく生き写しの別人と入れ替わったように信じられる替玉妄想のことをいう。Pauleikhoff14)は,ドイツ学派で人物誤認(Personenverkennung)と呼ばれる症状のうち「未知の人物を既知の人物と誤認する」のではなく,「既知の人物を未知の人物,しかも既知の人物と瓜二つの人物と誤認する」ものをいい,臨床的には,本症候群を示す患者はほとんどすべて女子であることは注目に値し,また大半は分裂病者であるとしている13)。
本邦では,木村ら7)が「家族否認症候群について」の中で,高柳16)は「二重身について」の中で言及し,また村上ら11)は「精神分裂病における単数妄想について」の中で症例を例示して論じているが,これ以外の症例報告としては,最近,原ら2),平川5),今井ら6)がそれぞれ1例を報告しているにすぎない。この理由について原ら2)は,フランス学派は特殊な疾患として取り扱う傾向があるのに対し,ドイツ学派は一症状にすぎないとの考えであり,従って本邦でもただ単に人物誤認としてカルテに記載し,その特殊な意味を考えようとしなかった結果かもしれないとしている。一方,精神医学の教科書では,Arietiら1)は,rare and unclassifiable syndromesの中で,Lehmann8)は,unusual psychiatric disorders and atypicalpsychosesの中で,また中根12)は,比較的まれな精神医学的症状群として取り扱っている。いずれにせよ,この症候群が現われると,つねに症候学的優位を占めて臨床症状に大きな影響を及ぼすとされている1,12,17)。また村上ら11)は,家族内妄想の一典型であり,心因論的力動論的ないしは生活史的研究の好個の研究対象といえるとしている。
最近,われわれは,このCapgras症候群とともに多彩な妄想を呈した精神分裂病の1症例を経験したので,その妄想形成の機制について若干の精神病理学的考察を加え報告する。なお症例記述に際しては,患者の秘密保持のため実在する人物については偽名を使用した。
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