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もう10年以上も前のことであるが,日本精神神経学会がなごやかに開催されている会場のロビーで,2人の私立精神病院の院長と雑談を交していた時,「この頃,病院の外来患者が増えて困っている。それでなくても医師,看護婦の人手不足で病棟がいそがしい午前中,手はとられるし,医療費からみれば損になるし……」という話を聞いて,奇異の感に打たれた記憶がある。それは内科であろうが,外科であろうが,医療を営んでいる者にとって外来が繁昌することは歓迎すべきことであり,本来,外来診療が充実して持ち切れなくなると,病棟を開設し,それから大きな病院へと発展してゆくのが通例であるからである。この点,精神医療の歴史は逆であって,まず精神病院が郊外に建って付属的に外来診療の看板も出すが,周囲が都市化し人口が増えると,外来患者も増えてきてその対策に忙殺されるという経過をたどっている。精神医療が他の科の診療と違って,まず精神病者の監禁収容という必要性から始まって今日に到ったという歴史を如実に物語るものといえよう。
ところで,現今の精神医療の実態は海外のことも含めてどうなりつつあるであろうか。まず精神薬剤の導入と,可能なる限り患者を社会的環境に即して治療しようという意識改革によって,入院期間の短縮が行なわれ,外国では精神病床数の大幅の減少が起こっている。そしてその当然の結果として,入院前および退院後の外来診療が重視されるとともに,その患者数も増加している。我国の実情もこの傾向がないとはいえない。また一方,10年以前と違って精神医療の対象は著しく拡大されてきた。即ち,狭義の精神病者のみでなく,神経症,PSD,てんかんその他の脳器質性疾患,交通外傷などに基づく頭部外傷後遺症患者など,精神医学や神経学に基づいて治療しなくてはならぬ対象の範囲は非常に広くなった。のみならず,本来は精神疾患である「軽症うつ病」なども,外来治療で充分やってゆけるようになったし,更に,小児や児童の心理的問題を精神科医に問うという世の風潮も加わって,精神科,神経科の様相は一昔以前と違って変わってきた。既設の精神病院でも上記のように外来が多忙となり,都市では大学病院や官公私立総合病院の神経科外来,神経科診療所(精神科の開業医)の患者が増加しつつあるのはこのためといえよう。
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