巻頭言
地方と土俗性
佐藤 時治郎
1
1弘前大学神経精神医学教室
pp.934-935
発行日 1974年11月15日
Published Date 1974/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405202236
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最近は一寸した津軽ブームである。いわゆる“津軽もの”がもてはやされている。高橋竹山や木田林松栄の津軽三味線がとくに若い人に共感されているようであるが,竹山のレコードを聞くと,きわめて土俗的な,元来はホイド(乞食)の芸であったものが「本物である」ことを証しとして受け入れられているようである。しかし,本当に判っていてくれるのであろうか。
津軽三味線の不世山の名人であった“嘉瀬の桃”(黒川桃太郎)を主人公とする小説「津軽世去れ節」を書いた長部日出雄は弘前出身の作家であるが,「津軽空想旅行」の中でこうした芸談や津軽人気質について生き生きとした語り口で“土着と放浪”という観点から意見を述べている。ところで,その中の1章に「貉憑き殺人事件*」というのがある。話はこうである。「昨年(昭和44年)12月7日から8日にかけての深夜,陸奥湾に面した青森県東津軽郡蟹田町で“カミサマ”(津軽地方ではゴミソと呼ばれている)のお告げから,息子にムジナがとりついたと信じた母親が,高校3年生の息子を殺すという事件が起きた。科学の力で人間が月まで到達するようになった今日,どうしてこのように奇怪な事件が起こったのだろうか」という書き出しで始まる比較的短い文章である。事件の推移とからませ,イタコとゴミソについても述べてあるが,事件の本質を文学者特有の鋭い嗅覚でものの見事に捉えているように思われる。そのような批評めいた意見が出せるのも,実はこの事件の精神鑑定を筆者が担当したからにほかならない。
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