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研究と報告
ある女子死刑囚の特異な精神障害について—第1報 症例の概要
On a Female Convict Sentenced to Death with Specific Mental Disorder
稲村 博
1,2
Hiroshi Inamura
1,2
1東京医科歯科大学犯罪心理学研究室
2八王子医療刑務所精神科
1Dept. of Criminal Psychiatry, Tokyo Med. and Dental Univ.
2Section of Psychiatry, Hachioji Medical Prison
pp.1045-1062
発行日 1973年10月15日
Published Date 1973/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405202087
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I.序文
この症例は第二次大戦後本邦最初の女子死刑囚である。戦前戦後を通じて女性の死刑は稀であるが,さらに本症例の特異性は20年近く持続する精神異常である。その病像は独特であって,拘禁反応,パラノイア,精神分裂病などさまざまの診断を受け,長く専門医のあいだで議論がなされてきた。また死刑確定後18年余の長きにわたって刑の執行を受けず,その後恩赦で無期懲役に変更されてからも相変らず精神異常が続いている。死刑囚がかくも長期に刑の執行を受けず,拘禁下で精神異常のまま生き続けてきたことは,本邦はもとより広く諸外国において近年稀有であろう。さらに彼女は詩歌や絵画などに素人ながら非凡な才能を示し,秀れた作品を残した。
本症例はさまざまな課題を投げかけている。精神医学に携わる者としては,その発病,診断,治療および予後などとともに,状況への一人の人間の生々しい反応の全体に強い関心がひかれる。本症例はナチの強制収容所症候群とその後遺症にも共通した問題をもち,既成の伝統的な精神医学や人間理解に対する1つの挑戦ともなるし,長く論じられてきたパラノイア問題への新たな寄与ともなろう。また死刑制度,裁判,矯正処遇などへの生きた問題提起でもある。さらに日本と日本人への視点や,宗教構造への強い関心を呼びさまされる。
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