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人間学的立場の抬頭とビンスワンガー
1つの現象を細かく分節分析して,これを丹念に観察叙述し,その多数の経験を集積した上で,現象を帰納的に再構成し,かつ説明しようとすること——これが自然科学における常套的な研究方法である。そして精神病や,その症状の理解に対しても,精神医学は,脳病理学,脳局在学,遺伝学,体質学,精神病理学など,その手技と方法とこそ違え,根本理念は変わることなく,帰納的研究方法を主として用いて今日に至ったのである。それは,19世紀後半に起こった臨床医学全般の傾向を,その1分科としての精神医学も踏襲したからであった。そしてこの研究方法に助けられて,多くの精神病の本態理解は進められ,また精神病に対する治療方法の発見と改善とが実ったのである。これは今後においても大きな可能性の期待される研究方法であることは言うを俟たない。精神医学の最大の難問題である内因性精神病の解明にとっても,この自然科学的方法の進展が将来の大きな成果を約束するであろうことは,過去のかずかずの根拠に照らして明らかである。
しかし,過去における多くの努力にもかかわらず,内因性精神病に関する知見は,なお,はなはだ不充分であり,その研究の遅々として進まぬことが,この病気の本態についての種々な異論を捲き起こす契機となったこともまた事実である。本展望では,これまで特に精神分裂病の構造に関する学説の多くを紹介してきたが,それはまさに各人各説とも言えるものであり,極端の場合には,相互の意見のあまりにも隔たることに目を見張らせられる思いがする。これは過去における研究の進歩の遅々たることに由来するものではあるが,これを現状のままに放置することは許されない。現時点における精神医学者の努力が,この内因性精神病の解明に集中していることも故なしとしないのである。
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