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先生(信大西丸教授)は相変らず多方面に御勉強で,外国まで来てボヤボヤしている自分がはずかしくなります。しかしドイツにいる同胞で,本当に勉強している人は案外少いのではないかと思えるふしがたくさんあり,これは,目下最もよい自分の不勉強の言い訳にしております。事のついでに申しますと,大体日本から来る留学生は中途半端なのではないかと思います。本当に勉強し働くというのなら,30才すぎてから来ても仕方がありませんし,またドイツの大学の方でも,30,40才という年寄の扱い方にも困るのではないかと思います。この年になつた人が今更ドイツで事新しく勉強しなければならないことは,恐らくどの分野でもあまりないと思われますし,見学するというのなら1ヵ所に1年も2年もいても仕方ないのではありますまいか。先日,ある日本の教授で,こちらに留学している人に逢いましたら,後で,当神経科のScheller教授に相手の身分をきかれたので,ありのまま申しましたところ,日本では教授が半年も1年も留守にできるのか,教授になつている人が,外国に来て勉強する必要があるのか,日本医学の水準はそんな程度なのか,とやられてすつかり恐縮し,以後は同胞の誰を紹介する時でもAssistantだということにしました。幸い日本人は若く(大抵10年くらい)見られますから。と言う訳で,何も言葉の不自由をおして,ここで勉強する必要はないと変な理屈をつけて,のんびりかまえることにしました。しかしこの心がけは非常によかつたらしく,こう思いついたら,それ迄のNeurose(あせつたような落付かなかつた気持)が一ぺんにすつとんでしまいました。そしてむずかしい精神医学のことを,たつた1〜2年外国にいる間に無理して勉強することをやめ,安直に目や耳(耳の方は大部あやしいのでございますが)に入つてくるもろもろの事象の歴史的考察をしております。こういう見方をしますと,今まで外国人の美徳として教えこまれていたことも環境からの必然性から生れたことであり,恐懼感激する必要もないと思えることがたくさんございます。どうやら現代の日本人は80年か90年前に国の門戸をひらいた時,西洋文明に「驚歎」し,劣等観念をもつた祖先の血を今でも遺伝的に持つているのではないかと存じます。この内訳を今申し上げてしまいますと,帰つてからお話する種がなくなりますので,症例報告は後にゆずります。
ところで,私も40になつてからここに参りましたが,どこの国でも,女と男の扱い方の(ニュアンスの違いはあつても)違うという点は同じで,これが私の場合は比較的うまく利用され,その上院内住いですので,院内の人々,患者との接触も多く,比較的物の裏……というより真実……を見ることが出来ているようでございます。もし私が男でしたら,ドイツの悪い所など仲々見せてもらえないだろうと思います。
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