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はじめに
生物学的精神医学が隆盛を極め,薬物療法が脚光を浴びる昨今,「精神療法」を臨床現場で生かすことができる精神科医はどれほどいるのでしょうか。精神科医の中には,診療報酬制度上の「精神療法」の請求要件をクリアーすべく,カルテの記事を書くことが仕事となっている人もいるでしょう。当初は疑問を抱いていても,やがては当たり前の作業となり,いつの間にかそれをもって「精神療法」としている精神科医がいるかもしれません。また一方では,「精神療法」こそが精神科医たる所以と熱心に勉強し,患者との治療関係の中に埋没し,周囲から浮いている精神科医もいるかもしれません。また,医療の一つとしではなく,研究の一つとして「精神療法」を捉え,生業としている精神科医もいるでしょう。
「精神療法」という言葉は踊っても,この国の決して成熟しているとは言い難い精神科医療の現状,つまりは未だに長期入院患者を多く抱えざるを得ず,一向に平均入院期間の減らぬ精神科病院や,また溢れかえるほどの患者を診なければ経営がなりたたない精神科クリニックの現状をみる限り,この国で「精神療法」を生かす精神科医療とは一体何なのだろうかと思わずにはいられません。
約20年前,民間の精神科病院の経営者,管理者への就任を機に,前述のような自らの自問自答に終止符を打つべく,「精神療法」を診察する部屋や時間の中だけとせず,病院のあらゆる空間,あらゆる時間に広げることができればと努めてきました。つまり,24時間どこにいても作用し続ける薬物療法のように,入院生活のあらゆる空間,あらゆる時間が治療となるような精神療法的方向付けを持った精神科病院を作ろうと決心したのです。
そのモデルとなった精神科病院が今はなきメニンガークリニックであり,求めていた医療がそこで展開されていた「治療共同体に基づく多職種による力動精神医学的チーム医療」(以下,力動的チーム医療)だったのです。それから約20年が経ち,かつては2,156日を数えていた当院の平均在院日数は今では49.5日となりました。入院患者のほぼ90%を占めていた慢性統合失調症の長期入院患者の多くが退院し,今では彼らに取って代わって急性期の統合失調症や気分障害などの精神病レベルの患者や,中毒性障害や自傷行為を繰り返す成人や思春期の境界例レベルの患者が占めるようになりました。
このような経験をふまえ,当院の「力動的チーム医療」の実際を紹介することで,薬物療法の台頭や厳しい医療経済の中で今や精神科医にとって形式化し,手詰まり感の強い精神科病院における「精神療法」について論じることができればと思います。それによって,精神科病院で働く精神科医,または国家資格化が間近という臨床心理士,さらには国家資格化を機に臨床心理士を受け入れようと考えている精神科病院の管理者,経営者の一助になればと思います。
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