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日本の自殺死亡は1990年代以降,中高年男性が中核を占めているが,最近の警察庁統計を元にした報道によれば,2011年には10~20歳代の自殺が増加している。東日本大震災の影響を受けた昨年4月以降の大学生の就職率が過去最低となるなど,その背景には雇用情勢の悪化があるという。社会構造変化の際に20歳代男性の自殺死亡率が増加するのは世界的傾向と言われる。現代は若い世代が即戦力としての働きを要求されるなど厳しい状況であるというが,社会的な要請の変質は,個人の心理的発達課題を一層複雑で達成し難いものとする。そうした時期に原著の出版から間を置かずして本書が訳出されたことは大変意義深い。
米国ではBeckがうつ病への認知療法を1979年に出版して以来,認知療法を思春期患者に応用する試みがなされてきた。著者の1人,David A. Brentが思春期のうつ病と自殺について研究を始め,ピッツバーグ大学医学部にポストを得たのは1982年であった。当時,「私たちのアプローチは無知と恐怖で満ちていた」というように,それらに対して経験的に実証された治療法はなく,救急受診したどの自殺未遂者を帰宅させてよいか,自殺未遂が反復される危険について評価することすらできなかった。そこからティーンエイジャーの自殺予防プログラムを開設し,「危機にあるティーンエイジャーのためのサービス(Service for Teens at Risk;STAR)センター」として活動を続けてきた。その基本的治療は,従来の臨床的知見と認知行動療法(cognitive-behavioral therapy;CBT)を統合した包括的なものである。それに最近注目されている弁証法的行動療法(dialectical behavior therapy;DBT)の要素も取り入れている。その中心概念は協同的経験主義である。すなわち,セラピストと患者は一致協力して,問題解決に向けて努力していく姿勢が強調されている。評価,治療段階の設定,安全計画,治療関係の構築,心理教育と目標設定,連鎖分析,治療計画,新たなスキルの獲得,スキルの応用と一般化の練習,好調の維持について,具体的かつ詳細に解説されているため本書は大変理解しやすい。印象的なのは連鎖分析で,問題行動の引き金になった出来事やそれに関与する要因を思春期患者が明確に語ることはできないところを,「どのような行為も妥当な理由があって起きている」という視点に立ち,コマ送りのように行動を分析し,危険因子と保護因子,効果的な介入方法について検討することができる。ツールとしてのCBTを有効活用する際の大きな助けとなる。DBTではスキル教育の集団療法を設定し,電話によるコンサルテーションなども行うため,日本では運用し難い部分もある。また,症例によっては,言語化能力が低かったり,強度の緘黙があったりするので,すべてに応用可能とはいえないだろうが,本書のアプローチであれば思春期のうつ病に限らずとも日々の診療から少しずつ始められそうだ。
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